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第39話

「ちょっとぉおおおお!! フィーくんの領地に温泉湧き出たって本当なの?! 行きたーい!!」  夜の世界は意外と昼の世界の情報が早く伝わるものらしい。帰ってきそうそう、開口一番にそう言ってきたマスターのシヴィの勢いにエウレは後退った。 「なんでいきなりその話なんだよ、どこから、誰から聞いたんだよ!」 「んふ、ワタシたちは意外とどこにもいるのよ~。ねっ、それより温泉の話よ。あんたが何かしたの?」  いくら精霊といえど、そう簡単に大地のエネルギーを変える真似はできないのではないだろうか。それはシヴィにも分かっているはずだが、そうでもないと考えられないくらいの事態ではある。「俺じゃない」と早々にエウレが否定すると、シヴィはその広い肩をがっくりと落とした。 「ちっ。温泉沸かせるんならこのギルドのおんぼろ小屋に沸かせちゃって、アタシたちはそのお金で綺麗でピカピカなお部屋に住めるわあとか思って、わくわくしながら帰ってきたのに」 「親方、お城は綺麗すぎるから情緒がないとか文句言ってたのに……ぶふっ」  重そうな荷物をたくさん抱えたハヴァッドがよろよろしながらこちらへときたが、すぐにシヴィから足を踏んづけられて変な声を出した。   「そういえばフィーくんにちょっとだけ似た感じの子がこっち……『夜の世界』に来てたわよ。いっきなりお城のモノを盗もうとしたから、あのジジイ達やあの性悪貴族と同じお仕置き部屋に放り込んじゃったけど」 「あ、お仕置きって言ってもね、平和だから。みぃんな従順ないい子になってもらおう、という愛のあるお仕置きだから、勘違いしないでね」  二人の言うことを想像するのも恐ろしくてエウレがフィーデスを見やると、フィーデスは同じ苗字というところで思い当たる人物のことを思い出したのか口を覆った。雰囲気で笑っているような気がする。 「それは彼らの自業自得ですね。ところで、シヴィとハヴァッドも良ければ遊びに来てください」 「だっ、ダメだ!!」  それから何とか気を取り直すように微笑を浮かべてシヴィたちを温泉が湧き出た己の領地へと誘うと、慌ててエウレが反対してくる。 「シヴィたちはダメだ!」 「えーなんでよ~っ。……はっはーん、どうせ温泉でいちゃついたりしていたんでしょ?」   ニヤ、と笑んでシヴィがエウレの頬を軽くつまむと一気に青年の顔が赤くなる。それでは正解と言っているようなものなのだが、存外こういったことには初心な反応をするからシヴィにからかわれるのだと分かっても、それを口にするほどフィーデスは野暮ではない。 「フィーくん、もしかして州公の後継ぎに戻れるんじゃないの?」  そうしている間にシヴィに話しかけられて、ようやくフィーデスは苦笑を返した。 「俺に政治は向いていません。州公になったら、この人のお目付け役ができなくなりそうですからね。州公の地位を継げる有能な身内の者はいますから、俺は自分が継いだ土地だけ守れればそれでいい。俺が死んだあとは、王に返します」 「……欲がないのねえ。というより、貴族としての立場よりもエウレの隣がいいってことお? あらー、妬けるわねえ!」  力加減なしで思いっきり背中を叩かれたエウレが突き飛ばされるように転びかけ、それをフィーデスが抱き留める。 「それじゃあこれからもウチをよろしくね、護霊官さん」 「いてーな!! って、あれ……フェリとコア、おかえり。どこ行ってたんだよ、心配したのに」  猫のような姿のフェリが自分で窓を開けて部屋へと入り込み、エウレの顔に貼りついた。扉の前で置き去りにされたコアが悲しい声で鳴くのを慌ててハヴァッドが迎えに行く。  ――また、術士ギルドの日常が戻ってきたのだった。 Fin.

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