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第38話

「フィーデス様、きっとこちらにおわします精霊が我らの地に温泉を与えてくださったに違いありません! この方を我らの守護精霊として崇め奉りましょう」  温泉が湧き出たという、小さな森の奥にある枯れかけた小さな泉まで歩いていくと、またしても使用人たちがほとりで遊んでいたイーリにひざまずき頭を下げていた。執事が嬉し泣きしながら出してきた提案に笑い出しかけたフィーデスだったが、こうしてイーリたち、かつて魔獣と呼ばれた者たちが良いイメージに捉えられていくのは悪いことではないだろう。ここはフィーデスの土地であるので、少なくともここでならイーリはのんびりと遊べる。 「へえ、確かに湯気が出ているな。……ん?」  さっそく泉のふちに膝をついて観察していたエウレにイーリがどーんと体当たりする。思ったよりもイーリのあたりが強かったのか、エウレの体勢が悪かったのかバランスを崩したエウレが倒れるのを助けようとして二人で仲良く温泉の中に倒れこむはめになった。服は湯を吸ってすっかりと重くなったが、確かに異国の土産話にしか聞いたことがなかった温かな水の感覚は心地よい。 「み、水の精霊……『アクィア』だ」  屋敷の使用人の一人が呆然とつぶやく。  しまった、と思った時にはすでに遅い。髪の色は変わり、腕には紋様が現れている。 「温泉に水の精霊が降臨なされた! これは急いで王都に報告しなければなりません!!」  急激に立ち上がった執事が猛然と屋敷へとかけ去っていくと、使用人たちは驚きやら喜びやらで大騒ぎとなった。 「急いでお着替えを準備して参りましょう。ゆっくりと浸かりましたら屋敷にお戻りくださいませ」  今から全員で踊り出すのではないだろうかと思っていたところで、満面の笑みを浮かべた黒い髪のメイドがそう声をかけて使用人たちをまとめて屋敷へと戻っていき、すぐに着替えが差し入れられた。 「俺のこの姿を見て水の精霊だって言うあたり、なんっていうかお前の屋敷の人間って感じだよな」 「そうにしか見えませんからね」   しれっとそう言い返したフィーデスは、おもむろにエウレを抱き寄せるとすっかりと濡れた服を脱がせ始めた。確かに濡れた服は皮膚にまとわりついて気持ち悪くはあったが、使用人たちは屋敷に戻ったとはいえ鍵のかからない部屋の外は不安で「おい」と呼びかけたがフィーデスはまったくエウレの話を聞こうとしない。 「今、はじめて気づいたのですが……精霊の姿だと、腕以外にも紋様が入っている場所があるのですね。ここに紋様があるのは、この間は気づかなかった」  鼠蹊のあたりから下腹部にかけて腕と似た紋様が現れている。なぞるようにそこに触れると、エウレの体がびくりと震えた。 「あ、あんまりすると……元の姿に戻れなくなったら、困る。外なのもいやだ」  鼠蹊から伝うように指を移動させ、エウレの濡れながら勃ちあがりかけているそこを緩くしごくと、顔を赤くしたままエウレがフィーデスを見上げてきた。『アクィア』の姿になると色のせいもあるのかどことなく儚げで、泣きそうな顔になっているエウレにフィーデスの劣情が一気に煽られる。口づけをしたり胸の飾りで遊んだりしながらも余裕なく後孔をこじ開けると青年は必死に我慢をしていたが、堪えられないように小さく喘いだ。 「少し触れただけでこんなになっているのですから、諦めた方が早いのでは? エウレがその姿から変われなくなったら、この屋敷でずっと暮らせばいい。ここでならイーリも外で遊べますよ」 「でも、……あっ、…い、入っちゃ……」  体はフィーデスを迎え入れようとしても、心が逃げようとしているのか腰を浮かせかけたのを逃さずに後ろから突き入れると「あう」と堪えるような声が零れる。両腕を捉え、逃がさないと宣言するように何度も深く突くのに呼応して水面が音を立てた。お互いの体がぶつかる音がそれに紛れても、少しずつ堪えきれなくなったエウレの低い喘ぎが彼の感じている様を如実に現しているかのようだ。 「あ、ああ……んっ、そこ……!」 「ここ、が気持ちいいのですか?」  腕を解放すると、泉のほとりに上体を伏せたエウレに覆いかぶさってさらに最奥まで攻める。一際エウレの声が高くなった。絶頂に追い上げられていくのが分かる様に、フィーデスの余裕もとっくになくなっていた。後ろを突かれても熱く勃ちあがったままのエウレを優しく扱くと、息とともに嬌声を吐き出しながら快楽に負けそうな己を叱咤するように首を左右に振る。 「やー……、ん、あぁああ……!」  エウレの中で果てるのと、フィーデスの手の中でエウレが白濁を吐き出すのとはほぼ時が同じで、美しい水の精霊は色情によって体が染められたままくたりとフィーデスに倒れこむのだった。 *** 「……色が戻らなくなるかと思った」 「俺は気にしませんよ、エウレ」  寝台で夕餉近くまで微睡んでいたエウレの髪の色が戻ったのはつい先ほどだ。恥ずかし気に上掛けに包まりながら夕餉を運んできたフィーデスに文句を言ってみたが、あっさりと返されて憤然とした様子になる。明日には王都に戻る、というのに温泉が湧き出た事件の後というもの、色んな手続きをフィーデスは器用にこなしながら時間をたっぷりと作った。昼夜問わずエウレの後孔を押し開いてきて、まるで発情期を迎えた獣のように長いこと交わってしまった。ただの痛みと恐怖しかなかった過去のことすらも、あまりの心地よさに霞んで塗りつぶされていきそうなその勢いにエウレは怯えたが、十年近くたって再会したフィーデスの手はしっかりとしていて、触れられるとどうしようもなく応えてしまう。 「今までこんな……他人が心の中に入ってきたこと、なかったのに」 「心の中どころか体の奥深く、さらには意識の中にまで入り込んでますけどね」  あっさりとそう答えたフィーデスが口づけてくる。 「なんか自分が変わりそうで、怖い。本当に精霊なのかだっていまだに自分では分からないのに」  きゅ、と鳴いて寝台に短い足でせっせと上がってきたイーリがエウレの膝の上にやってくる。その背を優しく撫でているエウレの傍に座ると、フィーデスはまるでかつての自分がそこにいるかのような錯覚を覚えた。入学したばかりでセウスたちに苛められたあの時。エウレはもしかしたら、自分自身を見ていたのかもしれない。 「貴方はエウレです。それ以上でもそれ以下でもない。俺は、今ここにいるエウレが傍にいてくれたら幸せです」 「……やっぱり変人だよ、お前」  きゅー、とイーリが嬉しそうに一声鳴いた。

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