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第37話

「フィーデス様、セウスさま方が面会をご希望でお越しですが……」  好々爺然としたこの屋敷の執事がフィーデスを捜し歩いていたらしい。保管庫から出てきたフィーデスたちを見つけたとたんに走り寄ってきた。従兄弟、の言葉を聞いてフィーデスの顔は曇っていったが、年老いた執事から彼らに帰ってもらうよう話をしてもらうのも執事には荷が重いような気がして会うことに決めた。  セウスたちとはお互いの祖父が兄弟というだけで親戚としても遠いのだが、彼ら自身の浪費がひどく、今はもうすっかりと名だけを残して斜陽気味となったフィーデスの実家にすら何か金目のものがないかとやってくる始末だ。 「エウレは俺の部屋で休んでいてください」 「なんで? 嫌な奴が来たんだろう、いざとなったら俺が追い返してやるから一緒に行く」  もうエウレよりフィーデスの方が背も高く、大人の風貌をしているというのにこういう時に先輩としての顔を出してくるエウレがまた可愛く思えて、フィーデスはその好意に甘えることにした。執事の提案でエウレには羽織るだけの簡単な長衣を着せて目立たないようにする。念のため髪や顔も覆い隠すようなベールもかけると怪しくはあるが、万が一精霊の姿に戻っても簡単には分からないだろう。  エウレを伴って応接間に行くと、既にセウスたちはうろうろと部屋の中を物色していた。 「やあやあ、久しぶり。フィーデスが帰ってきたという話を聞いて、慌てて駆け付けたよ。ご当主殿に挨拶をしなくてはと思ってね」  ないものねだりに来た、というのが正しいと思うのだが、それは口に出さずにいると、男たちはフィーデスのほかに人がいることに気づいた。 「フィーデス、結婚でもしたのか? お前が誰かといるの、初めて見たけど」 「そうですね、そうなる予定です」  いけしゃあしゃあと返したフィーデスに、背後のエウレが何か言いたげになる気配を察し、そっと肩を抱き寄せながら自分の隣へと座らせる。男たちは顔も見せろ、紹介しろと騒いだがフィーデスは冷静に「用件は」とだけ尋ねた。 「ふん、他人がいないところで話をしたいからな、また今度来る。今日は土産を持ってきてやったから、お礼にこれを頂いていくぞ」  応接間に飾られていた美しい石で彩られた彫刻にセウスが手を伸ばした時。 「うわっ、熱い!!」  いきなり彼の指を襲った痛みに、セウスは自分の指を見ながら首を傾げた。それからもう一度手を伸ばすと、今度は先ほどよりも酷い痛みが襲ってくる。 「フィーデス、術を使って嫌がらせしているのか?!」 「そんな簡単に扱えるわけがないことは同じ学院に通って、俺の教科書すら盗むくらい勉強熱心だった貴方たちならご存知でしょう。ああ、でも先ほど祖父の使っていた保管庫で、我々の一族をずっと呪ってきたという恐ろしい精霊というものを見ました」  淡々と話すフィーデスは冗談を言っているようには見えず、しかも言っていることはあながち嘘でもないためか真実味を帯びている雰囲気に、セウスたちはお互いの顔を見合わせて動揺したように扉へと向かって歩いていく。その背にはフィーデスの家を呪ったという金の精霊が虫の姿のままで張り付いていた。「ひっ」と小さく声を上げて動揺したエウレが加減を間違えたのか室内で勢いよく風が吹き、彼らは背中から押されるようにして扉へと顔からぶつかっていった。もしかしたら金の精霊を再び怒らせたかもしれないが、くっついてしまった以上は、その怒りの矛先も彼らのものだ。 「ば、化け物がいる!! 逃げろーっ」  子供のように怯えた声を出すと鼻血を出したままフィーデスの親戚たちは転びそうになりながら退出していった。 「……エウレの仕業ですよね」 「最後、ちょっと失敗したけどな。でも、あの虫に変身したやつを連れて行ってもらったのは良かった。それより結婚って」  ベールを脱いだエウレは本人が思っている以上に戸惑っていて、どうやら真に受けたようだ。先ほどは場の流れに沿っただけのつもりだったが、思いがけぬ反応にフィーデスは微笑するとその唇を奪った。 「こ、ここではやめろよ! さっきの連中が戻ってきたらどうするんだ」 「俺は気にしませんよ。見せつけるだけです」  顔を赤くして口をパクパクとさせていたエウレに再び深く口づけると邪魔そうにしていた長衣をはだけさせるとと両肩がむき出しになる。 「前からずっと気になっていましたが、貴方の普段着、結構露出が激しいですよね。胸も丸見えですし」 「別に隠すもん隠しているんだから文句言われる筋合いないだろうが! 変な言い方はやめろ」  そう言いながらも肩からずり落ちかけていた長衣を慌てて前の部分であわせている。 「こんなに可愛いところ、他の男に見せたりしていないですよね。精霊を娶ったら、天罰が下ったりするのでしょうか……幸せすぎて」  少し意地悪くエウレを抱きしめると、青年がもがく。 「俺が可愛いとか娶るとか、お前やっぱり頭おかしいだろ!」 「もしかして、言われたことないのですか?」  あるわけないだろ、と即座に言い返してきたエウレにフィーデスは目を瞬きながら見やった。てっきり心中では虎視眈々とエウレのことを狙っていただろうシヴィあたりがそういうことを常日頃言っていそうなものだとばかり思っていた。エウレが恥ずかし気にふい、と視線を逸らしたところで遠慮がちに扉が打ちならされる。  フィーデスの了解を得て応接間に入ってきた執事は、先ほどは腰が少し曲がってきた好々爺に見えていたのに、今は緊張のせいかぴんと背が伸びており顔つきもどことなく凛々しい。何かいいことがあったのだろうかとみていると、開口一番に「温泉です」と言った。 「フィーデス様、温泉です、敷地内でもうほとんど枯れかけていた泉から突然温泉が湧き出ました!! とんでもないことです、これはやはり精霊のご加護がとうとう我々に戻ってきたということでしょうか?!」  息つく暇もなく興奮しながら言い切った執事はフィーデスとエウレと促すと「さあ、早くこちらへ!!」と言って玄関の方へと走り去ってしまった。  温泉は山間に湧き出ることが多く、有する国もあることにはあるが、海に近いこの国で温泉が湧いたなどと聞いたことがない。これを観光資源にすれば間違いなく潤うのではないだろうか。 「……これも貴方の術、ですか?」 「いや、さすがに地の底から熱を出すなんて芸当、やろうなんて思わない」  ふと先ほどの金の精霊の顔が思い浮かんだが、まさか、と二人揃って頭から打ち消したのだった。

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