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第36話

「掃除が行き届いて、大事にされている屋敷って感じがする。ギルドの建物よりも古いと思うんだけどな」  屋敷の中に入り、フィーデスが小さいころから使っていた東館へと入るとエウレが感嘆の声を上げた。年季は入っているものの、かつての州公だった名残を惜しむように使用人たちが日々大事にしているのが分かるくらいに保存状況が良い。 「これが我が家に唯一残されたものですから。僅かな領地からの収益はすべてこの屋敷の維持と使用人たちへの給金に消えてしまいますが、仕方ありません」  幼いころからどんなに苦しくても家族で手放さずに守ってきた、水の精霊『アクィア』を描いた大きな絵の前を通りかかる。その時、きゅぴ! とイーリが鳴いた。 「イーリ? 落ちているものは勝手に食べたらだめだぞ」  エウレが呼びかけると、いつもならすぐに駆け寄ってくるイーリの声すら聞こえなくなった。顔を見合わせたエウレとフィーデスはイーリの声が聞こえた方へと走っていくと、古びた骨董品が並ぶ部屋の一つへと入った。 「これは……祖父の部屋ですね。まだ州公として潤っていた頃、祖父は大層なコレクターだったみたいで。祖父が亡くなってからはここから少しずつ処分をしたりして、なんとか食いつないできました」  フィーデスも既に両親を亡くしているので、ここにある骨董品はすべてフィーデスのものでもある。父からこの部屋に入ることは禁じられていたため、今まで立ち入ったことは積極的にはなかったが、こうやって整然と並べられた骨董品を見やるとなかなかの威圧感がある。  ふと、エウレは視線を感じて周囲を見回したがフィーデスとエウレ以外に人の姿はないようだ。奥に昔の騎士が纏っていた鎧が飾られており、人の形をしたそれのせいか、と自分を納得させたところで、古めかしい長剣が鞘に納められた状態で飾られていた。その長剣を生み出した人間のこだわりが細部にまで感じられるほど、丁寧に仕上げられており、戦闘に用いるというよりは飾りといった方が早そうだ。 「この剣、まだ使えるのかな? もう剣を持っているのって近衛兵くらいしかいないけどなんか役立つかも」 「祖父が亡くなってからは手入れする人間がいませんからね」  なるほど、と相槌を打ちながらエウレが触ったその時。 『お主……水の精霊殿だな』  年老いた男の声が突然部屋の中にこだまする。ハッとしたように周囲を再び見回した二人だが、やはりどこにも人の姿はない。 『ここじゃ、ここじゃい!! この剣に閉じ込められたのじゃ。同じ精霊の眷属であるわしを助けて下されい』 「精霊?」  おうさ、と声だけが返ってくる。 『酷い話ですじゃ。わしは”金”の精霊・ゴルシュと申す者。ある日この国で金目の匂いにうっかりつられて遊びに来たところを剣の中に閉じ込められたのですじゃ。愚かなり人間!!』  段々と怒りを思い返したのか、言葉が荒くなっていく金の精霊にフィーデスとエウレはお互いの顔を見合わせた。もしかしたら彼は魔族で、この間のアッチェに隠れていたもののようになりすましている可能性もあるが、魔族ならもっと簡単に抜け出せたのではないだろうか。 「エウレ、解放してあげましょう」 「……変なのだったら始末すればいいよな」  不穏なことを言い出した水の精霊に、金の精霊は『ひい!』と小さく悲鳴を上げたが、フィーデスが長剣の鞘をゆっくりと引き抜くと声の主と思しき老人が現れた。 「水の精霊殿は代々美しく、とてもお優しい気質のはずなのに今上は随分と恐ろしいことじゃあ」 「エウレ、抑えて。もしかしたら我が家に関係があるかもしれませんから」  エウレが不機嫌顔で腕を動かす気配を察したフィーデスが止めに入ったところで、「ほほう」と金の精霊とやらが感心したように声を出した。 「お主はわしを閉じ込めた一族の末裔か。お主の先祖は随分とがめついやつだったが、お主は清貧なんじゃのう。わしには分かる、分かるぞ……随分と苦労をしてきたのじゃな。わしを解放してくれたのだ、わしの呪いもここまでにしてやろう。お主はこの先金で困ることはないぞよ」 「……ずいぶんと偉そうなジジイだな」  そっぽを向いたままそうぼやいたエウレを気にせずに金の精霊は「よっこらしょ」というかけ声と共に姿を消した――正確に言うと、姿を変えた。 「げっ!!」  黄金色に輝いているものの、どこから見てもご家庭の害虫として即駆除されてしまいそうな姿に変じた金の精霊は、エウレの無意識の攻撃を避けるようにかさかさと部屋から出ていく。 「精霊でもいろんなかたちがあるんですね」 「おっ、俺は人のかたちにしかならないからなっ」  動揺したままのエウレが震えながらフィーデスに掴みかかってくる。怖いものなど何もないようにふるまっているのに、エウレがこんなに虫が苦手だというのは面白い発見だ。 「きゅーっ!」  床に直置きされていた鎧の影からイーリが飛び出すと先ほどの金の精霊を追いかけていく。「頼むから連れ帰って来るなよ……」とエウレが弱々しく呟いたのが聞こえて、フィーデスはおかしくてたまらなくなった。

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