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いちsideゆうじ

仕事を終えて、帰ってきた部屋は真っ暗で、嫌な予感はしていた。 「ただいまー。りつ?寝てるの?」 引きこもりがちなあの子の名前を呼びながら、電気を点けて廊下を進んでいく。案の定、リビングに広がっていたのは、地獄のような光景だった。 机や棚の上の物は全て床に散らかっているし、りつが大切にしていた筈のぬいぐるみは、無残に引き裂かれて白い綿が飛び出している。 今日は一段と酷い。 ゆうじはフローリングの上で倒れている小さな男の子にすぐに駆け寄った。 白くて細い右腕に無数の傷跡。そこから出た固まりかけた赤い血が、床にまで広がっている。りつの手元には、血で赤く染まったガラスの欠片のようなものが散乱していた。 カッターもハサミも、食器も全部片付けたつもりだったんだけど。一体どこからこんなもの… 「りつ?聞こえる?りつ。」 最近すっかり伸びきってしまっているりつの前髪を避けながら、名前を呼んだ。細い髪の下から覗く青白い顔。少し開いた唇の間から僅かに呼吸が漏れていて、ほっと胸を撫で下ろした。 「待ってて。」 体温の低いりつの頬に唇を寄せて立ち上がる。 浴室からタオルを数枚取って、お湯を沸かす。キッチンには未開封の薬が数錠転がっていた。あの惨状の原因はこれか、とそれも一緒に持ってりつの元へと急ぐ。 リビングにいるのは、まだ先程と同じ体勢で眠っているりつ。その傍に膝をついて、汚れた衣服を脱がせ、りつの体をタオルで拭っていく。華奢な体にいくつも刻まれている切り傷。そのひとつひとつが、りつが毎日必死で生きている証だ。綺麗に体を拭った後は、消毒と手当。傷の手当をするのは、いつの間にかすっかり慣れてしまっている。特に傷が深い手首を処置し始めた頃に、りつが微かに身じろぎをした。そして苦しそうにうめき声を上げ、ゆっくりと開かれる瞼。その視線は暫く宙をさまよっていたが、ゆうじの姿を捉えて眉を下げる。 「…い、たい…」 もしかするとりつは日中、ずっと泣いて過ごしていたのかもしれない。その掠れた声を聞いて、胸が苦しくなった。 「うん。ごめんね、我慢してね。」 「いたい、いたいよ。ゆうじ、いたい。」 「うん、痛いよね。ごめんね。」 「ゆうじ、ゆうじ…」 消毒液を噴き付ける度に、痛いと震えるりつの体。 ぽろぽろと涙を流すりつを宥めながらなんとか手当を終え、傷口に触らないようにりつの体をそっと抱きしめた。 相変わらず細い。少しでも力を入れたら折れてしまいそうだ。 どうしたら、明日も君をこの世界に繋ぎとめておけるかな。

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