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第1話

カクテルなんとか効果、と言ったか。 例えば昼時の食堂という社内や1日の中で1番のざわめきの中でも、その単語を拾う耳を自分は持っている。 「え。じゃあ今高坂主任一人暮らし?」 「らしいよ。奥さん出産準備で実家だって」 高坂主任はもうすぐ30半ばに手が届く。良い大学を出て、我が営業部の出世頭と噂され、おまけに顔の造りがとても良い。 とうに既婚者となった今でも女子社員の人気は非常に高いことも知っているが、その全ては自分には関係がない。 「寂しくないのかな。ご飯とかどうしてるんだろ」 「なんかね、2人目だから慣れてるって言ってた。この間子供の写真見せてくれたし」 「え。ずるーい」 かしましい2人の声を聞きながら自分は黙々と蕎麦を啜る。 主任の2人目の子供は来月産まれる。性別はわかっているけどまだ聞いていないこと。奥さんの実家はここから遠い地方にあること。日々の飯はなんとかなっていること。 ただその全ても、自分には関係がない。 「でもさ、絶対浮気とかしなそうだよね」 「高坂主任?」 「そうそう。ありがちなさあ、奥さんが実家に帰ってる間にーとか絶対無さそう」 話題の焦点はようやく自分に関係あるものとなった。それでも蕎麦はまだ残っている。一服する時間を見越し、少し慌ただしい動作で蕎麦を手繰った。 「わかるわー。真面目だもんね」 真面目そう。 そう、彼は真面目だ。 「お。俺も蕎麦食おうかな」 ひょいと背後から覗き込まれ、危うく蕎麦つゆで噎せ返る所だった。頭を上げると、OL2人の話題の中心の人物が穏やかな笑顔で立っている。どこで何をしていたのか、昼休みはもう残り30分を切っていた。 「今から食うんですか」 「蕎麦ならさっさと食えるだろ」 それだけ言い残し、自分の正面の席に喫煙具一式を置くことで場所取りとし、上司は自分に背を向けて食券売り場へと歩いていく。 「主任忙しそうだね」 「ね」 今週から薄手のワイシャツを纏っている背を見送りながら、自分は内心でほくそ笑む。 彼は真面目だ。 その真面目さ故に、真っ直ぐに向き合い、そしてここから抜け出せない。 真面目な30代半ばの、浮気など縁遠そうな、もうすぐ2人の子の親となる予定の高坂主任。 あのシャツの中に、昨夜自分が刻んだキスマークやら歯型やらが散っているとは誰も想像しないだろう。 上司の遅い登場に、離れた席で僅かに色めき立つ女子社員達は、あの主任が昨夜自分の下であられもない痴態を晒し、狭いベッドの上で啜り泣く様な喘ぎ声を耐えず唇から零していたとはゆめゆめ思わないだろう。 彼の真面目さも誠実さも勤勉さも既婚だという事実も自分には関係がない。 「…わるい人」 俺に関係があるのは、その裏に潜ませた夜だけ。 彼のその夜を知る優越感をひた隠し、最後のひと口の蕎麦を飲み干した。

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