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第4話

「うぉぉぉ!」  俺は、翼ちゃんから借りた自転車をこいだ。  小雨が心地よく感じる。坂道がキツくて、肺は苦しくて、でも止まれない。  早く先生に会わなければ……今の先生を1人にしたくなかった。  やがて俺は、家の近くにある公園の前で急ブレーキをかけた。自転車がキィーっと音をたてる。屋根付きのベンチに座る人物は、その音に反応して顔を上げた。 「宗介くん……」  目が合うと、先生は顔をくしゃっと歪ませて、涙を零した。 「せ、んせっ……」  必死に息を整える。  柱に自転車を立てかけると、立ち上がった先生を強く抱きしめた。その愛しさは、見た目が俺というマイナス面を補って余りあるほどだった。 「俺、先生のことが好きです」  腕をゆるめて、先生の顔を覗きこむ。鏡に向かって告白しているような、複雑な気持ちになるかと思ったけれど、その瞳の奥にはしっかりと先生を見つけることができた。  と、そこで我に返った。何故か勢いで告白をしてしまったけれど、そういうつもりで追いかけてきたわけじゃないはずだ。俺は慌てて軌道修正をした。 「すっ、すみませんっ、順番間違えました! つまり、俺は翼ちゃ……先生の恋人を奪おうとか考えていないので安心してくださいって言いたくてですねっ……」  胸の痛みに気付かないフリをして、先生を見つめる。先生は少しだけ笑った。 「翼は恋人じゃないよ」 「って、翼ちゃんも言ってましたけど、でも先生、塾で言ってましたよね?」 「あれは、前に誰かさんがスマホを勝手に見て、勝手に勘違いして面白かったから、それで出来心でついた嘘ってゆーか……」  勝手に見たなんて人聞きが悪い。でも今は、それが嘘だったことに安堵していた。 「ねぇ、とりあえず座ろう」  先生はベンチに座り、隣に座るよう促した。 「ちゃんと説明するね。翼と僕は――」  俺が隣に座ると、先生は覚悟を決めた様子で顔をあげた。 「翼と僕には、不一致があるんだ」  ……ちょっと意味が分からなかった。 「えっと、つまりどういうことですか?」 「性の不一致、とでもいうのかな……あ、したことはないよ?でも――」 「でも?」 「僕たちが入れ替わったことで、崩れたんだろうね。中身が宗介くんならやれる!って翼は思ったんじゃないかな。僕の顔だけは好きってよく言ってたから」  そんな人と同棲してるなんて、先生もなかなかだなと思ったけれど、今は口にしないことにした。 「翼は家事が得意だし、一緒にいて面白いし、良き理解者だし、大切な友達なんだ。でも、僕のせいで宗介くんに迷惑をかけちゃった……ごめんね」  哀しそうに笑う先生の手に、自分の手を重ねた。 「迷惑だなんて、思っていません」  先生の恋愛対象は男である。それが分かっただけで、俺は幸せだった。 「俺の方こそ、先生の身体で勝手にあんな事をっ……先生のこと、傷つけてごめんなさい」 「それはもう、大丈夫だから」 「でも、泣いてたじゃないですか」 「それは、宗介くんが翼のことを好きなのかなと思ってっ……」  先生は、つい口が滑ったとでも言いたそうに唇をキュッと引き結んだ。 「え、それってつまり……」  頬に触れる。自然と距離は縮まった。 「先生も、俺のこと……」  自分の顔に近づいていく。だが、あと数センチのところで、先生は唇に指を当ててさえぎった。 「そういうのは元の身体に戻ってからにしよう」 「な、なら早く元に戻る方法を探しましょうっ!」  先生は可笑しそうに笑い、手の甲で涙を拭った。  いつの間にか雨は止んで、空には虹が出ていた。 ***  俺たちは時間が許す限り、毎日一緒に光るウサギを探した。だが、見つかる気配がないまま、どんどん季節は夏らしくなっていった。  それは突然だった。梅雨明けのある日、目が覚めると元に戻っていた。  そして1年後―― 「雨、強くなってきてますね」  部屋のカーテンを開くと、先生も窓際に歩み寄ってきた。 「本当だ、結構降ってるね」  俺は後ろから先生を抱きしめて、その髪に顔をうずめた。 「去年の今頃は、大変でしたよね」 「入れ替わるなんて漫画みたいで、今となっては貴重な経験だったね」 「ですね。結局なんで戻れたのか疑問ですけど……俺たちをこういう関係にするための、神様のサプライズだったのかもしれませんね♡」  先生が窓を少しだけ開けると、冷たい風が肌を撫でた。 「ねぇ、そろそろ先生って呼ぶのやめようよ」 「じゃあ、なんて呼べばいいですか?」 「誠一郎は長いから、翼みたいにセイって呼んだら?」  先生は今でも翼ちゃんと住んでいる。そこについては今後要相談だけれど……とりあえず翼ちゃんと同じってのは嫌だった。 「誠一郎さんって呼びます」 「わかったよ」  先生がクスクスと笑った。そんな先生を、俺は優しくベッドに押し倒した。 「ところで誠一郎さん、覚えてますか?」 「何?」  仰向けになった誠一郎さんの両腕を掴み、見下ろす。 「大学に合格したら、ご褒美くれるんですよね?」 「そんな約束したっけ?」 「しました。で、まだ受け取っていません」  誠一郎さんが頬を赤らめて、恥じらうように横を向く。俺はそんな誠一郎さんの頬に手を添えて、再び上を向かせた。 「キス、してもいいですか?」 「今更なんで聞くの?」 「恥ずかしがる顔が見たいからです」  そう言って、唇を重ねた。  雨音に包まれる。俺は昔から、雨音が好きだった。 おわり

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