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第3話
「疲れたぁ~」
夕方、やっと家に戻ると、先生のベッドに寝転んだ。
「今日はあのガキ来ないんだろ?」
翼ちゃんは部屋を覗き込みながら靴下を脱いた。
「受験生が2連泊なんて、親が許してくれませんよ」
さっき先生から、俺の家に帰らざるを得ないと連絡があった。昨日も無理やり外泊したし、怒られるに違いない。
申し訳なく思いつつ、俺だって翼ちゃんの相手は疲れるし、勉強はわけわからなかったし、おあいこだと自分に言い聞かせた。
「じゃ、夕飯できたら呼ぶわ」
翼ちゃんは俺の返事を待たずにドアを閉めた。
先生の部屋で1人きりになると、俺は片手を目の前にかざし、まじまじと見つめた。
「本当に先生の身体、なんだよなぁ」
昨日はバタバタしていたし、今日は今日で初めての大学生活に戸惑うことも多く、目の前の課題をこなすことで精一杯だった。
やっと一息つけた俺は起き上がり、全身が映る鏡の前に立ってみた。
「げ、現状を確認することで、問題解決につながるかもしれないし……」
そして独り言を呟きながら、ゆっくりとTシャツを脱いでみた。
「はうぁっ」
先生の身体が今、目の前にあって、それを俺は好きなだけ眺めることも、触れることもできる。……刺激が強すぎた。
自分で自分に興奮する変態さんみたいになってしまい、先生に対する罪悪感が一気に膨らむ。俺は慌てて脳内で謝りつつ、服を着ようとした。
「夕飯出来たぞ~」
と、突然部屋のドアが開いた。
「えっ、早っ!?」
「オレがそんな凝った料理作るわけないじゃん」
翼ちゃんは、俺の身体の上から下まで視線を移動させた。
「っつーか何してんの?」
「え、あ、いやちょっと……」
俺は、苦笑いを浮かべながら、そっとTシャツを掴んだ。
「待てよ」
と、翼ちゃんがTシャツを踏んだ。
「なぁ」
床に座り込んでいる俺の顔を、遠慮なく覗き込んでくる。俺はTシャツを引っ張ってみたが、翼ちゃんがしっかり足でおさえているため着ることができなかった。
「おまえさぁ、セイのこと好きなの?」
「えっ」
セイって、先生のことだ。俺にそんな事を聞くって事は――。
「信じてくれたんですか?」
「それを今から確かめるんだよ」
翼ちゃんがニヤリと笑う。
「だから答えろよ。おまえが本当にバイト先のガキだとして、セイのことが好きなのかって聞いてんの」
全てを見透かすような目に、俺は小さく首を縦に振った。
「なるほど、だから鏡見て1人でシようとしてたわけだ」
「ち、違うんですっ、うっかり見てしまっただけでっ、そういうつもりではっ……」
「へぇ」
顎を掴まれ、持ち上げられる。品定めするように見つめられて、俺は目を逸らした。
すると翼ちゃんはゆっくりと背後に回り、片手で俺を抱きしめた。目の前の鏡に2人が映る。翼ちゃんの骨ばった指が首すじを這うと、ぞくりと甘い痺れが走った。
「なっ、何するんですかっ……」
翼ちゃんが強いのか、先生の身体が弱いのか、その手を振りほどけない。身をよじって抵抗するも虚しく、翼ちゃんの右手はゆっくりと下にさがっていった。
「ここ、どうしてこんなことになってんの?」
「ち、違っ……」
「手伝ってやるよ」
「やっ、やめっ……」
鏡の中の先生が、白い肌をほのかに赤らめて、潤んだ瞳で小さく震えている。
俺の手でこうする妄想は何度もしてきた。でも、まさか自分が先生になって喘ぐことになるとは思っていなかった。
「お願いっ……やめっ、んっ……」
先生に触るなと言いたいのに、服の上から触れられるだけで、俺の全身は敏感に反応してしまう。
なんとか逃れようと身体を捻ってみたが、身動きひとつできないほど、翼ちゃんの腕はしっかりと俺を抱きしめていた。
「あ……」
と、開いたままのドアに、いつの間にか人の気配が――。
振り向くと、俺が立っていた。
なんで先生がここに……っと一瞬思ったけれど、鍵は持っていたはずだし、来た理由だって分かりきっていた。
先生は何度も口を開き、何かを言いかけては言葉を飲み込む。そして結局何も言わないまま、目に涙をいっぱい浮かべて、静かに回れ右をした。
先生の足音が遠ざかり、玄関の閉まる音が部屋に響く――。
「……わりぃ」
翼ちゃんは小さな声で、そう呟いた。
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