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第2話
俺の親には友達の家に泊まると連絡を入れた。そして今、俺は先生の部屋で正座している。
「で、それを信じろって?」
俺――の身体をした先生が、翼ちゃんに一通り説明をした。
「セイ、おまえバイト先のガキと何ふざけてんだよ」
残念な目を向けてくる、この目の前の男が、なんと翼ちゃんらしい。
そう、翼ちゃんは男だった!
「だからセイはこっちだってば!」
先生が翼ちゃんの顔を掴み、自分の方へ向ける。翼ちゃんはナンダコノクソガキって感じの顔で俺――の身体を見下ろしていた。
「わかった、そこまで言い張るならクイズだ」
「望むところだ」
「オレが好きな三国志のキャラは?」
「公孫サン」
「オレのチャームポイントは?」
「泣きボクロ」
「今何時?」
「お前にマジ」
驚いた顔の翼ちゃんが、ロボットのような動きでこちらを向いた。
「セイ、おまえの仕込み完璧だな」
「いやっ、別に仕込みとかじゃなくてですね……」
中身が入れ替わるなんて、そう簡単に信じられるわけがない。翼ちゃんの反応は仕方のないことだった。
「なんで信じてくれないんだよ」
「だってさ、逆の立場だったとして、光るウサギに会ったら入れ替わっちゃった~なんて簡単に信じるか?」
「それはっ……」
「まぁあれだ、とりあえずもうこんな時間だし、寝ようぜ。オレもだけど、セイも明日の朝早いだろ?」
先生が、はっとする。ものすごく困った顔で、オレの方を見た。
「どうしたんですか?」
「明日は大学が……」
「俺だって高校ありますよ」
朝になってもこのままだったら、俺が大学に行き、先生が高校へ行くことになる。いきなり大学2年生の授業なんて荷が重すぎる。
不安で仕方なかった。
***
「で、いつまでそれ続けんの?」
「いやっ、あの、マジであのっ……どこに行けばいいのかも、何をすればいいのかもサッパリでして……」
荷物は先生が用意してくれた。だが、校舎の中も未知の世界だし、大学のルールだって分からない。翼ちゃんに見捨てられるわけにはいかず、俺はシャツの裾を握って離せなかった。
「今日は講義かぶってるし、一緒にいてやるから」
「あのっ……ありがとうございます」
翼ちゃんは呆れたような顔で、俺がシャツを握る手に手を重ねてきた。
「だからさ、この手放せって」
「逃げませんか?」
「大丈夫だから、な?」
恐る恐る手を放すと、翼ちゃんは満面の笑みで肩に腕を回してきた。
「なんか小動物みたいで、今日のセイは可愛いな」
「先生はいつだって可愛いです」
「自分で言うなよ」
大きな手で、俺の頭をくしゃっと撫でる。明るい髪色が、雨上がりの眩しい朝日でキラキラと光った。
そういえば先生は、翼ちゃんのことを恋人だと言っていた。それは塾の中でついている嘘なのか、それとも、本当に付き合っているのか……気になって仕方がない。
「あの、ひとつ質問いいですか?」
俺は思い切って聞くことにした。
「ん?」
「変な質問だったらすみません、あの……」
「何だよ、モジモジしてないで早く言えよ」
「先生と、翼ちゃ……翼さんって、どんな関係なんですか?」
上目遣いに翼ちゃんを見上げる。翼ちゃんは動じる様子もなく、軽く首を傾げた。
「関係? ルームシェアしてる友達、それ以外に何があるんだよ」
「いえ、恋人とか?」
「今更なに言ってんの? オレ達はありえないだろ!」
翼ちゃんが豪快に笑う。
確かに翼ちゃんはザ・リア充って感じだ。本当に先生に対してそういう気持ちはないのかもしれない。
ってことは、もしかして先生の片思いなのか?
先生は生徒から、恋人はいるのかと問われることが多い。そこでつい嘘をついてしまった、みたいな……嘘の中だけでもいいから恋人になりたい的な、そんな切ないストーリーがあるのではないかと、俺は推測した。
「やばっ、時間ないから走るぞ」
「え? は、はいっ」
翼ちゃんの背中を追う。大学は、とにかく広かった。
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