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第2話
「千尋。俺と結婚してくれる?」
突然指輪を渡されて千尋は泣き出した。
「結婚なんて……できないよ」
「どうして?」
「男同士だもの。無理に決まってるじゃない」
「同じ気持ちなら、一緒に生きていけるよね?」
そんな会話をした一週間後。彼は死んだ。
何度、彼の後を追おうとしたかわからない。今もなぜ生きているのかわからない。
──千尋、幸せになるんだよ。
彼の最期の言葉。幸せになんてなれっこない。蒼大がいなければ何もできない。
「……た、さん……蒼大さん……」
「ここにいますよ」
突然意識が浮上する。知らない声。ぐっと掴まれた手に驚いて千尋は慌てて起き上がった。
「……ここは」
「駅長室ですよ」
「……あなたは」
「俺の名前、何で知ってるんですか? 呼ばれて振り返ったら突然あなたが倒れ込んできて……」
気を失ったのか。梅雨の季節はいつもそうだ。意識が遠くなって倒れることがある。蒼大がこの季節に死んで三年になる。何も変わらない。考え込んでいると駅長らしき人が部屋に入ってきた。
「気がつきましたか」
「……すみません」
「よかったですよ。その方に助けてもらわなかったら階段から落ちて大怪我をするところだった」
そこでまだ礼も言っていないことと、まだ手を握りしめていたことを思い出して千尋は頬を染めた。
「すみません。ありがとうございました。手、……すみません」
「具合はよくなりましたか?」
「はい、大分……」
長い革張りの黒い椅子から起き上がり、鞄を探す。するとソウタが渡してくれた。
「……傘は」
「え? あれ? なかったなぁ。どうしたんだろう。あなたのことに夢中で傘までは」
外はまだしとしとと雨が降っているようだ。無言でいるとソウタが爽やかな笑顔で提案した。
「送っていきますから安心して」
「えっ……」
顔の前で手を振って慌てて立ち上がると眩暈を感じて足がよろけた。
「ほら、まだダメですよ。さぁ、行きましょう。駅長さん、ありがとうございました」
「どういたしまして」
さりげなく腰を抱かれて千尋は何も答えることができない。駅長に会釈するとゆっくりと部屋を出て行った。
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