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梅雨
「はあ?ここまできてありえんし!このクソ男!!」
罵倒と共にバシーンという平手で叩かれた音が裏通りに響いた。
派手な格好をした女性とこちらも見た目派手な男性がラブホテルの前で豪快にやり合い……と言っても女性が一方的に男性を罵倒し、平手したのだ。
女性は男性を睨みつけるとカツカツとヒールを鳴らしながら来た道を戻って行く。その後ろ姿を見ていたら、こちらに歩いてきたと思われる男性が立ちすくんでいた。
見られてたのかと見た目派手な男性は女性と反対側へ歩こうとすると「司くん?」と名前を呼ばれた。
振り返り名前を呼んだ男性を見るとなんと会社の上司だった。
「大丈夫?唇切れてるけど?」
声をかけてきたのは会社の部長で本郷と言う。
本郷は司にハンカチを差し出す。
「いや、大丈夫っすよ、ハンカチ汚れちゃいます、高そうだし」
司はそう言って手の甲で拭おうとするがその手を掴まれた。
「バカ、シャツに血がつくし、バイ菌入ったらどうする?こっちこい」
と引っ張られて高そうなマンションに連れて行かれた。
リビングに通され、司はちょこんと床に正座する。
「なんでソファーに座らないんだ?」
救急箱を持ち戻ってきた本郷は床に正座している司を不思議そうに見ている。
「だって、失礼かな?って」
良く見ると司は上着をちゃんと脱いで裏返しに折りたたみ自分の膝の上に抱えている。
「そんな事気にしなくていいからこっちに来なさい」
本郷はソファー指さす。指示されたので司は素直にソファーに座る。
「消毒するからこっち向いて」
本郷に言われて顔を向けると大きな手が顔の近くにきて、唇にやわらかい素材のものが触れて、それと同時にピリッとした痛みが走る。
「いてっ」
思わず口にすると「すまん、染みたか?」本郷は謝る。
「いえ、大丈夫です」
真っ直ぐに本郷を見ると彼が綺麗な顔立ちをしているのに気付いた。
銀縁眼鏡にオールバック。いつも眉間にシワを寄せて誰かを注意している姿ばかりを見ていたから、こんなに近くで見たのは初めてだった。
「部長ってイケメンなんですね」
思った事を口にしてしまった。
「は?突然どうした?」
「いや、イケメンだなあって」
「それはどうも」
本郷は慣れた手つきで司の怪我の治療をしてくれた。
「で、なんで殴られたの?」
まあ、聞かれるだろうなと思っていたので「ホテル行くつもりなかったから嫌だって行ったら平手くらいました」と答えた。
「は?何それ」
少し驚いたような本郷。
「居酒屋で1人で飲んでたら声かけられたんで、一緒に飲んでたんですけど、電車の時間あるから帰ろうとしたらあの人が一緒に着いてきて、で、あのホテルの前でホテル行こうって言うから、なんで、会ったばかりでなまえも知らない女性とホテル行かないとダメなの?って聞いたんです。だって、初めて会ったんですよ?酒を飲む感覚と同じのようにセックスって出来ないでしょう?」
真っ直ぐに本郷を見て言ったら凄くポカンとした顔をした後に「君って見た目に損するんだな。軽いって思われて誘われちゃうんだ、勿体ないね。君は真面目なのに」と言った。
本郷の言葉に今度は司がポカンとした。
そんな風に言われた事がないから。
「髪の色は地毛だろ?クォーターだっけ?あと、女の子が好きそうな顔をしているしね、会社の同僚とか他の奴らにチャラ男って呼ばれてるけど、実際君が女の子を誘っている所は見た事ないし、雑用とかで遅くまで残ってるだろ?」
「あー、知ってたんですか?」
「そりゃ知ってるさ君の上司だから」
本郷はそう言ってコーヒーをいれて持ってきてくれた。
「熱いのは染みちゃうからアイスな」
ニコっと笑って司の前に置いた。
「部長ってこの広い部屋に1人ですか?」
プライベートな事だけどつい聞いてしまった。
「そうだよ」
「掃除大変そうっすね」
「あはは、そう聞かれるとは思わなかった。普通は1人に寂しくないんですか?恋人いないんですか?って続くんだけど、掃除の心配かあ」
本郷はクスクス笑う。
「部長って笑うと可愛くなるんですね」
これも見たままの感想。思わず言葉にしてしまった。
「笑ったとこ見た事なかったから」と付け足す。
「まあ、笑うとこないからな職場は」
「確かに」
「怖いって言われてるからだろ?部署に1人は怖い存在ないとなあなあになるからな」
「そうですね、でも、部長は平等にちゃんと叱っているからいいなぁって思いますよ」
「なんか調子狂うな」
本郷は苦笑いをする。他人の努力を認めて褒めるのは出来るが自分を褒められるのは恥ずかしいというか性格的に無理だった。
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