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第10話
あの後、直ぐに俺の恋人がポーシィだとバレて新しい噂が飛び交ったものの、それは好意的なものがほとんどだった。
『Posey』の客は、ほとんどがうちの学校の生徒だって事を忘れてたよ。
ポーシィもお客さんの前ではあまり触ってこない。
だけど、常連の女の子たち曰く、雰囲気で分かるらしい。
俺は気付かなかったけど、ポーシィの目が蕩けてるんだそうだ。
―――そうかなぁ?
色々と面倒だと思った彼女も、俺の相手が分かった辺りから、だんだん姿を見せなくなっていった。
俺の言った事が嘘じゃないって分かったからなのか、相手がポーシィだったからなのかは分からない。
そして、ポーシィと初めて体を重ねた日から、いくつかの季節が過ぎた。
今は春。
暖かな日差しの中、ひらり、と淡い色をした花弁が舞う。
「俺、高三になったよ。」
傍らに立つポーシィに、いつかの再現の様に言う。
「十八才になった。」
四年前と同じ場所。
年月が経った分、数が増えただけで言っている内容は変わらない。
「そうだな。もう弱い子どもではないな。」
目を細めてポーシィは言う。
深海の様な濃い青の瞳が俺の姿を捕らえると、ゆっくりと手を伸ばして優しく頭を撫でてくる。
そっと、愛おしいと言われてるみたいに撫でられて、気持ちが良くて目を瞑った。
小さい時から楽しい時も辛い時も、ずっと傍にいてくれた。
いつもこうやって撫でて欲しかったけど、生身の体を持たないポーシィにはできなかった。
でも今はいつでも触って貰えるし、俺から触ることもできる。
「ねぇ、ポーシィ。ずっと気になってたんだけど、どうして急に力が戻ったんだろう?」
「ーーーーーーーーー多分、小波 のおかげ、だろうねぇ。」
「俺?」
何も特別な事、してないのに。
どうして俺のおかげになるんだろ。
不思議に思って、目を開けてポーシィを見る。
「失くした力を戻すには、“信仰”の力が関係するのだという。神である私の存在を強く信じ、崇める心が力となってこの身に注がれていくのだ。この国は島国だから、元々海神への信仰心は篤い方だけれど、それでも本来の力を・・・実体化できる程の強い力を得るには長い年月が必要な筈だった。実際、小波 に会うまでは大した力もなかったしね。」
昔を思い出したのか、ポーシィは少し辛そうに笑った。
「小波 はずっと、私の事を信じていてくれただろう? 普通に接している様で、心の中では私を神だと思っていてくれただろう? どんなに気安くしていても、その事を忘れはしなかった。違うかい?」
違わない。
ポーシィが好きで、大好きで、でも絶対に報われるとは思ってなかった。
それは、ポーシィは神様で、俺が人間だからだって本能的に感じてたからだ。
「四年前に契約を交わしてからはそれまで以上に、体の中に思いが溜まっていくのを感じてはいた。ただ、あまりの早さに少し戸惑ったなぁ。やっぱり小波 は凄い、ね。」
「え?」
その瞬間、左手に冷たい感触がした。
正確には手じゃない。
指、しかもここってーーーー
「ぽ、ポーシィ?! 何で?!」
左の薬指に白金の輪が収まっている。
小さなピンクの石みたいなものが嵌った細いリングだ。
「もう子どもじゃないのだろう? 」
にこりと笑うポーシィの顔が、悪戯が成功した子どもみたいに見える。
「この国ではこれが結婚の証、で良かったと思うのだが・・・・・違ったか?」
へにょんと眉が下がる。
ああ、いつものヘタレなポーシィだ。
何だろう、それがとても可愛くて、綺麗だけじゃないポーシィが大好きだって思う。
「違わないっ! ありがとう、ポーシィっ!」
嬉しい。
目茶苦茶嬉しい。
ポーシィが一歩近付く。
頭を撫でていた手は、耳をくすぐってから顎に掛けられた。
ついっと上を向かされる。
俺は次を期待して目を閉じる。
ふわりと冷たいものが唇につけられた。
もうそれが何なのか、よく分かってる。
ポーシィの背中に手を回して、その先を強請った。
薄く唇を開けば、隙間から熱くて滑らかな舌が滑り込んでくる。
互いに絡めあい、混ざり合ったものを当たり前のように飲み込む。
ひらり。
淡い色をした花弁が、更に舞う。
それはまるで、俺たちを祝福するかの様に思えた。
ひらり。
ひらり。
穏やかな春の日に、俺とポーシィはこの先の未来を誓い合った。
長い長い片想いは、両想いになって、永遠になり。
これからも続いていくんだろう。
きっと。
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