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【07/蒼生】衝突

「大丈夫?」 「ん……」 眠ったはずのユウが、小さく呻いた。そして驚いた顔で起き上がり、やがて目頭を抑えながらうずくまった。 俺は咄嗟に腕を伸ばしたよ。 でも目を覚ましたのは優斗だと気付いたからね、ゆっくりと手を引き戻した。 「なんであんたが僕の家にいるんだ?」 「……俺の部屋だよ」 優斗は信じられないものを見るような目で、部屋を見回した。 俺はそんな優斗を観察したよ。動きも、話し方も、目も、全てがユウとは違った。 ユウの言っていたこと……二重人格のことは、本当だった。 「今の今まで半信半疑だった。だけど……」 目の当たりにしてしまったら、信じるしかなかった。 ユウは優斗で、優斗はユウだった。頭の中に色々な感情が湧き起こり、耐えきれずに目を閉じた。ユウを生み出した優斗に感謝をするべきなのか、ユウを苦しめる優斗を憎むべきなのか、もしくはどちらも同じ人間だと愛するべきなのか……。 だけど、今は俺の気持ちなんて後回しだ。混乱しているであろう優斗に話をする役目があるからね。なんとか気持ちに蓋をして、俺はゆっくりと目を開き、続けた。 「君は、二重人格なんだよ」 「……は?」 「自分が二重人格だと仮定してごらん? 説明がつくことが多いんじゃないかな?」 昨日のこと、今朝のこと、その他にも色々、違和感を感じているはずだ。 そう思って言ってみたが、どうやら当たりのようだった。 喚いてすぐに出て行く可能性もあったんだけどね、なんとか話は出来そうだと思った。 俺は優斗を刺激しないために、部屋の隅へとイスを動かし、距離をとって座った。 「あんた誰なんだよ……」 「蒼生だよ。君のもう一つの人格と親しくしている」 「親しくねぇ……無理やりキスしてくれたけど、つまりそういう仲なの?」 「そうだね、恋人だよ」 正直に答えた。隠すことでもないからね。 「気持ちわるいな……別れてよ、僕の身体で勝手なことは止めてほしい」 身体をさすりながら、不快感を示す優斗に、少なからずショックを受けたが、顔に出さないよう努力したよ。 ユウのためにも、優斗を知る必要があるし、親しくなっておくべきだと思ったからだ。 「君にとっては迷惑な話だよね」 「うん、すごくね」 「君にも恋人がいるのかな?」 「いや、いないけど……でもあんたと付き合う気はないから」 「俺だって、お断りだよ」 失礼で自分勝手、それが第一印象だった。 「ここって、図書館の近く?」 「いや、少し距離があるかな。駅まで送るよ」 「いい。道だけ教えて」 ベッドからおろした足が、学ランを踏んだ。優斗はそれを拾い上げると、睨むような目で俺を見上げた。 「もしかして、僕の身体に何かした?」 「いや、君の身体には何もしていないよ」 俺が何かしたのは、ユウに対してだからね。嘘は言ってない。 「はぁ……早く病院に行かなくちゃ」 「え?」 「僕さ、ずっと夢遊病だと思っていたんだ」 優斗は学ランのボタンを雑にとめていく。 「二重人格って言われてもピンと来ないけど、寝ている間に勝手に動いてるって意味では似たようなものだよね」 そして立ち上がり、こめかみをグリグリと押した。まだ調子が悪いのに、無理やり動いているようだった。 「どちらにせよ、早く治療しないとマズいってことが分かったよ」 「治療……」 その言葉に、つい反応してしまった。 治療するということは、ユウがいなくなるかもしれないからね、阻止したいと思ってしまった。どうするのが正解かは分からないけれど、今はまだ心の整理がついていない。せめて少し待ってもらわなくては……。 「ユウは君のことを大切に想っているし、だから可能な限り迷惑をかけないように――」 「勝手に知らない場所へ行ったり、勝手に恋人を作ったり、それが迷惑じゃないだって?」 「それは……でも、ユウは君のために――」 「ユウユウユウユウうるさいなっ! そんなやつ知らないんだよっ!」 優斗は怒りだし、ネクタイごと俺の胸倉を掴んだ。 「僕の気持ち分かる? 身に覚えのないことが日常に散らばる恐怖、分かる?」 優斗の気持ちが分からないわけじゃない。でも、言い返さずにはいられなかった。 「じゃあユウの気持ちは? なぜユウが存在するのか、考えようと思わないのかい?」 「考えたくもないし、知りたくもないね。寄生虫を見つけた気分なんだ、早く駆除したい」 心底ガッカリしたよ。 何も知ろうとせず、ただただ被害者面で、自分だけが可哀想だと思っている。 我慢できない。ユウを寄生虫扱いするなんて……許せなかった。 「母親の虐待……」 「え?」 「それが原因で生まれたのがユウだ」 「……」 「君が現実から逃げたくなった時、代わりに苦しんでいるのがユウなんだよ」 言葉にすると苦しくて、涙が溢れてきてしまった。だけどそれを拭うのも悔しくて、気にせず話し続けた。 「お気楽でいいよね。ユウに全てを任せて――」 胸倉にある優斗の手を、強く握って引きはがし、そのまま壁際へ追い込んだ。 「い、痛っ……」 「そこの鏡を見てごらん? 唇の端、切れているだろう?」 「あ……」 「昼間、何があった? その怪我はどうやって作った? 君に説明できるかい?」 「それは……」 「全部ユウが耐えたんだよっ!」 優斗の顔の横、脅すようにドンと手をついた。 「そう言われて、素直に信じるとでも?」 「信じたくないだけだろう?」 「あんたが本当のことを言っている証拠はあるの?」 「どんな証拠がほしい? 言ってくれれば用意するよ。でも――」 殴りたい衝動を必死に抑えて、優斗を解放した。 「君は、僕の言っていることが本当だって、分かっている顔をしているけれど、どうなのかな」 口では知らない嘘だと繰り返していたが、優斗はきっと分かっているはずさ。 分かっていないとしたら、よほどのクズだね。 とにかく優斗の印象は最悪で、メモ帳に雑な地図を書いて渡し、とっとと外へ追い出した。

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