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第1話

 とある大学の広く明るい食堂の端で、 「留年しそう」  小石 空友(こいし そらとも)は絶望的な表情で呟いた。  おいマジかよありえねー、と周りにいる友人たちが笑いながら茶化してくるが、普段ふざけあっている馬鹿な話題とは打って変わって、真面目に当事者過ぎて笑えない。  空友の学科は論文の提出が自由なため問題ない。今働いているバイト先で正式に社員として契約も済んだ。不定期的に開催しているキャンプサークルも先週、ついに最後の活動を終えた。大学四年生の生活としては万全だった。  しかし、いざ蓋を開けて単位を調べ治してみれば、大学の単位がぎりぎり足りないかもしれない。  まごう事なき留年危機である。  卒業できるだろうとうっかり取ってしまった、一番厳しい教授の一番難しいと言われている講義で、何としても不足を埋めなければならない状況にいる。 「マジで死んだよなこれ……」 「ほんとな! 留年したらちゃんと後輩な小石くんに会いに来てやるから安心しろよ!」  目の前で特に賑やかな友人・櫻居が大爆笑している。空友はうっせーよ、とそのおでこにデコピンをかましておいた。  痛みに悶える櫻居に周りがどっと沸いた。  全く、と息を吐いた空友だったが、しかしその状況は十分あり得る。冗談がもう冗談ではない。  ひとしきり痛みに耐えきった後、櫻居がポンと手をたたいた。 「うし、話題変えよう! そうだ、雪田ちゃんへの告白はどうなったんだよ?」  その瞬間、ピシッと表情が固まった。  告白、と言う話題にまた周りの注目が集まってくる。 「ーーお前、そこでその話題持ってくるか」 「おおう、もしかしてまずかったパターンか」 「人生で初めて自分から好きになったんだよ……いろいろ一生懸命考えたんだよ……ごめんなさい、今好きな人が居るからって言われた……」  空友の顔は地獄の底に叩き落とされたようだ。  雪田ほなみ。サークル仲間なのだが、それはもう空友のタイプだった。  ーーいかんいかん、顔で判断しては。  なんて、能動的に恋をしたことのない空友は考えたわけだが、いざ仲間として過ごしてみると、優しく真面目で、芯をしっかり持った子だった。  気付けば初恋を彼女に捧げていた空友は先日告白したわけだが、結果は正しく先述の通りであった。 「で、これからも仲間としてよろしくね……ってあの笑顔で言われて、完全燃焼できるか……」 「いや、その、ごめんな」  櫻居までもが引くレベルでズンと重くなった空気を、駄目押しとばかりに空友の唸り声が這った。 「留年危機だし恋に破れるし……もうほんと死んでしまいたいわ……」  うなだれる空友に飛ぶ言葉はない。  数瞬後、ぽんとその肩に手が乗った。 「まあまあ。そう簡単に死のうとか言うなよ」 「でも、でもさあ……」  ガバッっと情けない頭を上げた空友を制し、友人・野間が食器を片しながら続ける。 「目の前ばっかり見てるからそうなるんだよ。一旦後戻りする手も考えてみな? 案外何か見つかるから」  野間はがしゃんとトレーを置く。その眼鏡の奥の瞳は至って真面目で、空友は口の中でジュウと反論の火種を揉み消した。 「どうすんだよ、後戻りって」 「さあね。それは自分で考えてよ。じゃあ俺、次も講義あるから」  ひらひらと手を振りながら颯爽と野間は歩いていく。 「あ、ちょ、野間……」 「そうそう」  野間は、扉をでる直前に振り返った。そして今度はその瞳に、僅かばかりの妖しさを湛えて言う。 「困ったときはゲイバーがイイらしいよ」 「……は?」  普段クールで天才と呼ばれる男の口から出た言葉は、いったい何だっただろう。  ゲイバー。  そこにいた全員の思考が停止した。暫くして、 「ちょっ、野間、は!? なんだって、ゲイバー!?」  その言葉の意味を理解したときには、当然もう野間の姿はなかった。

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