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第2話

 夜7時半。  本日最後の講義を受けきった空友は、自習をしていた櫻居、そして同じ講義を受けていた伊槌と明るい街を歩いていた。  空友はお茶、櫻居はミルクティー、伊槌はコーヒーと、それぞれコンビニで買ったホットドリンクを持っている。  あたりの喧噪はまだまだ静まる気配を見せない。多種多様な人々が右に左に流れていく。 「野間ってたまに掴めないよなぁ」  櫻居がふいに言った。 「それ、たまにか?」  伊槌が返す。 「あーいや、割といつもわかんない」 「だよなぁ。よりによってアイツがどうしてその……ゲイバー、なんて単語口にしたんだろ」  空友は二人の会話に賛同し天を仰いだ。雲が厚くて月さえ見えない。そういえば夕方、雨だったっけとぼんやり思い返す。  それにしても、困った時に良いのか……。  恥ずかしげに今し方己が口にした「ゲイバー」という単語について、空友はまた考える。 「にしても本当にさ、普通提案しない所だよな。話聞いて嘘かと思った」  伊槌はコーヒーを啜る。ふわっとコーヒーの香りがあたりを漂って消えた。  櫻居もミルクティーをぐいっと呷り、言葉を拾った。 「それ! マジで吃驚したわ。あの後ソラは終始戸惑ってるし、周りの空気も妙になるしで。なかなかみんな動けなかった。な、ソラ?」 「あ、おう」  空友はどこか上の空で答える。その手にあるお茶はすでにぬるい。  その返事の間に櫻居と伊槌は少し違和感を覚えた。 「ん? ソラ? どした?」 「あ、いや、べつに大したことはないんだけどさ」  その綺麗な瞳が泳ぐ。  ふむ、と伊槌が顎に手を添えて何か考えている。櫻居が暫くその顔をのぞき込んだり頬をつついたりしていると、伊槌はこう切り出した。 「空友、もしかしてゲイバー興味あるの?」 「はあっ?」  空友はぶわっと顔を赤く染める。明らかに声が上擦った。 「あるんだな」 「いや、その」 「あるんだろ」  ニヤリとした伊槌の問いに空友は肯じた。  ーーパチパチ。  とある店先の蛍光灯が瞬いた。  妙な間が少し空いて、櫻居は爆笑する。 「マジで! え、俺絶対行きたくねえわ……。だって怖くね? ケツの穴狙われそう」 「それだけ聞くとやばいところだな。でもそれはもはや風俗だ」  冷静な突っ込みを入れた伊槌。櫻居はでもでも、とミルクティーのペットボトルをゴミ箱に投げ捨てる。ペットボトルはカコン、と小気味よい音を立ててすぐ傍の地面に落下した。  うわー外した、と櫻居はそれを捨て直す。 「でもさ、目を付けられて……うっかり仲良くなって……暫くしたらプライベートでアーッな展開に」 「ならんだろ、そう簡単には。それにお前は男受け悪そうな顔だ、安心しろ櫻居」  伊槌がコーヒーの缶をゴミ箱に捨てた。こちらは縁にも触れることなく真っ直ぐゴミ箱に入った。 「はあ、それひどくね伊槌! 女子にモテなくて男受けもしない……! 俺は人類にモテない顔なのかよぉ」  伊槌に食い下がった櫻居に空友はしみじみ告げた。 「いや、お前の場合気付いてないことが多いよな。時折居たぞ、お前のこと見てる女の子」 「嘘だろ……」 「モテ男・空友様が言うなら間違いないな」 「マジかよ!」  ガクッとしゃがみ込んだ櫻居。溢れる人々が物珍しそうに一瞥して歩いていく。 「まあ、そんなことより」  唸る櫻居を尻目に伊槌は本来の話題を空友に振り直す。 「ん?」 「あのさ、何の因果があるか分からないけど……いるんだよな、知り合いに。ゲイバーで働いてる人」 「……え」  ピシッと音を立てて空友は固まる。  本日二度目の硬直だが、昼間雪田の話になったときの妙に気まずい雰囲気とは違う。 「そこ、紹介しても良いけど……どうする?」 「え、と……」  動揺した。  だが、改めて考え直せば今の空友には、野間の言葉と伊槌のツテをを無碍にする余裕は無かった。  単位取得の危機。なんとしても回避したい。  実らないと言われる初恋が実らなかった。思い切り愚痴を話したい。 「た、頼む……」  気付けば空友はコクリと頷いていた。

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