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第4話

【今日がバイトじゃなきゃ良かったのに! 絶っっっ対にどうなったか教えろよな!】  という櫻居のconnectに適当に返信を送り、空友と伊槌はナチュの入り口まで歩いてきた。  予想以上に簡素なビルの階段を下る。二人が並んでやっと進める幅だ。  階段の壁についている明るいライトが気を紛らわしてくれる救いになっていると空友はどこか安心した。  のも束の間。そうして階段を下りていくと微かに人の賑わう声が聞こえてきた。  ーーやばい、ますますドキドキしてきた。  得体の知れない空間から漏れる完成は段々はっきり聞こえてくる。女性の甲高い響きは一切無く、それが妙に現実感となって空友の退路を断っていく。 「行くぞ」  ふいに、伊槌が次の講義に行くかのように気楽にそう言った。どうやら階段を下りきったようだ。心臓が無駄に鼓を打っている。  こいつ、全く緊張してないな。知り合いがいるってそりゃお心強いでしょうね。  空友は心中でそうごねた。  ドアを開く。カランカランと鈴の音が鳴った。 「いらっしゃいませぇ。……おー、ソート君」  伊槌の顔を見るなり、入り口近くにいた一人の男性が寄ってきた。伊槌の下の名前が「創人(そうと)」だと言うことを若干忘れていたため空友は一瞬気付かなかったが、どうやらこの人が伊槌の知り合いのようだ。  二人が談笑している間、こっそりではあるがぐるりと辺りを見渡してみる。カウンター内に従業員が二人、カウンター外は従業員と客の区別無しにざっと20人ほどいるだろうか。  主には立ち飲みスタイルらしく、10あるカウンター席も、ーー二人客が一組と、もう一組はおそらくお一人なのだろうーー3席しか埋まっていない。  そんな空間にはお洒落なジャズピアノの旋律が泳いでる。  ーーなるほど、男性しかいない点を除いてはぱっと見、普通のバーと変わらない。 「ニィ先輩、こちら、大学の同級生の小石です」 「……あ?」  急に名前を呼ばれて間抜けな声が出た。伊槌に軽く小突かれた。 「小石、自己紹介」 「へ、あ、どうも、小石 空友です」 「ソラトモ君ね、よろしく。ここでは源氏名じゃけど、今一瞬だけ本名言うけん小声でどうも、茶郷 新太(さごう あらた)です。新しく太いって書くんで、新しいをとって大学時代の同期とかソート君には、ニイタとっかニィって呼ばれとる。ここでは一茶。ソラトモ君は俺の大学の後輩なんよね。よろしく」  広島弁でお茶目に笑って見せる茶郷さん、改めここでは一茶さん。  小顔で足が長く、体躯は細身だが筋肉が無駄なくついている。 「にしても、初めてやね。ソート君が来るんは」 「こういうジャンルのお店自体、初めて来ましたよ」 「もちろんソラトモ君も」 「あ、はい」 「こいつ女にモテるんで、ノンケ以外の道が回りからシャットアウトされてるんですよ」 「あー、そうじゃね。イケメンやもんね」  割とタイプー、と微笑んでみる一茶。 「あ、やっぱり、本当にそういう趣向? なんですね」  するっと口からこぼれた。あ、やべ! と本能的にまずいと悟って口を噤むが。 「あっはは、そうじゃねーよく言われる。しかも俺、20年以上、無論、大学も装って来とったけ、余計にノンケにしか見えんって印象らしいわ」  きっと言われ慣れているのだろう、一茶はカラッと笑った。 「すみません……」 「ええよええよ、気にしんさんな。寧ろ今までのカモフラージュ時代の自信になるけえ、得じゃ得じゃ」  眩しく笑う一茶に、空友は不覚にも少しときめいた。恋したとかそう言うのでなく、TVで役者なんかを見て「いいな」と思うようなものの延長ではあるが。

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