1 / 6
1話
表紙や背表紙は擦り切れ、角が丸くなっている業務ノートを車の中で読み返している。
月瀬嘉哉 ――社長と交換日記をしていたノートとメモ代わりに使っていたノートが何十冊もあるが、果たしてこれからひとりでやっていけるのだろうか。
そんなこと漏らせば、『なあに辛気臭い顔してんだ。シャキッとしろ。大体、何年俺のもとで働いてきたんだ? ポンコツに育ててねえよ』と嘉哉に叱られそうだ。
入院してから、秘書から代表取締役社長になった遠峯潤 は、「急な人選で悪い」と言われ、会社を背負う立場になり、嘉哉は最後まで潤を育ててくれた。病室から厳しくも優しいアドバイスを送ってくれる嘉哉と恋慕ってきた月瀬光 の存在がなければ、一生秘書として社長を支えていく立場で終わるつもりだった。
最期まで、若造の潤の行く末を案じるとともに、光のことを誰よりも愛し、行く末を案じていた彼の想いを受け継ぐのも、自分の使命だと思っている。
業務ノートの表紙を黙って見つめた。
(しっかりしなくては)
込み上げる思いを沈めてから、だだっ広い斎場に入っていった。部屋の名前を確認し、引き戸を開ける。イグサの匂いとお焼香の匂いと樟脳の匂いがびこうをかすめる。光が棺桶に突っ伏しているのが見え、駆け寄った。
黒色無地の三つ紋に、黒色の帯と白い足袋を履いている光の顔色は、色白な肌を病的なほど青白くさせている。喪服と足袋の隙間にちらりと見える肌は、月光に照らされる白い花びらのように、儚く可憐でみずみずしい。
まるで、人形か月光に照らされている白い花のようだ。
そうっと、背中を撫でながら、息をしているかじっと見ていると、胸が上下に動いている。安堵のため息をつく。
(光さんまで喪ったら、生きていけない)
「ん……、じゅん?」
「起こしてしまって、ごめんなさい」
寝起きの泣きはらした目は、うっすら朱に染まっており、重たげなまぶたが何度も長いまつげを上下に動かしている。が、ぼうっとしており、潤が見張っていなければ、後追いを選びそうな雰囲気さえ漂っている。
「光さんも置いていかないでくださいね」
そう言い、喪服姿の彼を背後から抱き締めた。ここ1~2ヵ月で、更にやせたらしく、密着した胸に骨が当たる。強く抱きしめたら、壊れてしまいそうだ。
「置いていかないよ。ごめんな、不安になっていたせいで、当たって」
ゆっくりと言葉を選びながら話す光の目元に涙がじわりとにじんだ。彼を抱きしめる腕の力が強くなる。
「いいんです。会社も光さんも大事ですが、どうしても仕事優先になってしまい、光さんといられる時間を十分に作れなくて、ごめんなさい」
今の自分には、守るべきものが多すぎる。シンプルに、一番大切な光と一緒にいられて、過ごせれば幸せなのかもしれない。だが、嘉哉から託された会社を倒産させては元も子もない。
「彼の会社を継いでくれてありがとう」
感謝されても、これでいいのかと考えてしまう。動じるな、と嘉哉に叱られそうだ。
「いまだに私が会社を継いでよかったのか、考えてしまいます。嘉哉さんがいたら、怒られてしまうでしょうね」
目尻にしわを作り、細長い指先で裾を割り、筋肉質のほっそりとした太ももを撫でる。途端、痩身が震えた。着物の裾をたくし上げると、太ももの付け根に散らした朱のしるしがあらわになる。
「やだっ、やめて……ください。恥ずかしい」
「誰かが来るから? それとも、嘉哉さんに見られてしまうから?」
光の耳元で、意地悪く嘉哉の名前を口にする。低い声にさえびくりと身体を震わせている様がなまめかしい。
「言わないで!」
取り乱したように叫び、潤の腕から逃れ、対面を向く。厚ぼったい瞼からのぞく鋭い相貌は、充血していて痛々しい。
薄く柔らかい花びらのような小ぶりな唇が強引に潤の唇を奪った。舌を絡めると、区たりと身体の力が抜け、スーツをつかんでくる。
「触ってください」
丁寧な口調裏腹、興奮のあまり命令口調になる。光の手を握り、潤のきざし始めたものに触れさせた。潤より小さく細く均等が取れている指が触れ、手慣れた様子で愛撫していくせいで、角度をつけて成長していっている。
抗いきれないほどの劣情に、眩暈がした。さっきから触れてほしくて色づいた乳首をジュッと吸い、もう片方は指でいじる。
「んっ、あっ」
手の甲で口を覆って、喘ぎ声が漏れないようにする仕草さえなまめかしいが、裾をまとめるひもで両手を頭上で一つにまとめる。
「はあっ、あああっ」
「いつもより感じてますね」
わき腹を撫でると、腰がびくびくと震え、光自身を触ってほしそうな様子で腰を突き出す。片方を上げる。
「ちがっぁッ」
眦に涙が浮かぶ。
「バレてしまうといけないので、最後まではしません」
「意地悪」
「家に帰ったら、存分にしますから、ね」
「卑怯、ズルい、焦らさないで」
何を言われたって、可愛いし、恨み言すら睦言のように聞こえる。
「もちろんです。光さんの負担を極力減らしたいですからね」
光の頭を撫でながら、諭すように言う。拘束していたひもをほどき、再度抱きしめた。身体が火照って仕方がない。
「だったら、もう」
「わかってます」
焦らすのはここまでにして、乳首をいじりながら、光の股にゴムをつけた潤のものをはさみ、円を描くように濡れそぼった先端を撫でまわす。
「じゅん、ああッ。じゅんッ」
背中をかき抱く細く白い腕が、指が潤を探して虚空を舞う。手首をつかみ、背中に触れさせると、安心したように、強くかき抱いた。
それから、彼自身をくるむと上下に擦り、絶頂の引導を渡す。快楽に翻弄されて、急き甘く鳴く彼に口づける。
「なに……して、汚いから、やめて」
「ごちそうさまでした」
手のひらが白く汚れた。それを舐めとると、信じられないとでも言いたげに目を大きく見開き、首を横に振っている。汚くはない。彼のものなら何でも欲しいし、愛おしいと言ったら、どうなるのだろうか。
ともだちにシェアしよう!