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カノちゃんが辞めることになった、と出勤早々の俺に伝えてきたマキは、いよいよのピンチに頭を抱えていた。 昼の十二時からのシフトだったカノちゃんは、その直前にやってきたらしい。父が勝手に移住を決めてしまった、しかも間もなく出発しなければいけない。マキさんの力になりたかった、最後に迷惑をかけてごめんなさい。そう言って泣いたのだそうだ。 無理もない。彼女もマキのことが好きだった。 現在、夜の十時。夜勤だった俺と交代してから、マキは今の今まで十六時間、ずっと一人で店番をしていたことになる。 どうせ客もほとんど来ないのだ、適当に休んではいただろうが、その顔にはさすがに疲弊が滲んでいた。 「今までなんとか回してきたけど……やっぱり二人じゃ無理だよな。AIは入れられないし、ここらが潮時かなあ……」 店長のマキ、バイトの俺とカノちゃん。二十四時間営業の看板を下ろすことなく、一年近くもこの三人体制で続けてきた。 もっともマキに関してはこの店の奥が居住スペースなので、休みらしい休みはないと言っていい。 そうまでしてこの店を守ってきた彼は、しかし、いつになく弱気な声だ。 「夜間休業にすれば回せるけど……でもそれじゃあ意味ないんだよな……」 廃棄のサンドイッチを食べながら、バックヤードでうんうん唸っているマキ。俺はハンディ端末で傘の発注をかけながらそれを聞いていた。 「今まで通り八時間交代で、俺たち二人で回せないか?」 「俺はここがウチだからいいけどさ、アズの負担がでかすぎる。帰って寝てまたすぐ出勤、になっちゃうだろ」 「いいよ別に。他にやることもないし」 「無理だって。最初はよくても、すぐキツくなる」 俺の提案にマキは首を横に振った。普段は後ろで小さくひとつに束ねている、肩まで伸びた黒髪が揺れた。 発注を終え、端末をホルダーに戻しながら「それなら」と俺は再び口を開く。 「俺もここに住ませてくれ。二人で交代で店番すればいい。店は二十四時間やれるし、俺の家賃は浮くし、一石二鳥だ」 マキは、今度はすぐには却下しなかった。難しい顔で考え込んでいる。ということは採用される可能性が高いと、俺は長年の経験から知っている。 予想通り、マキは眉間に皺を刻みながらも「……本当に? いいのか?」とどこか縋るような目で俺を見た。 「むしろ楽だ。雨の中歩かなくて済むし」 「部屋、狭いけど大丈夫か?」 「俺は平気だよ。二人で交互に寝るんだから、スペースもそんなに要らないだろ」 生まれたときからの幼馴染だ、今更気を遣うこともない。そう言ってやるとマキはまた少し唸り、それから「ありがとう、アズ」と呟いた。 本当は、ずっとマキと一緒にいられるから、俺にとっては一石三鳥。とはさすがに口に出して言えないけれど。 五十年ほど前までは、日本は春夏秋冬の四季が綺麗に分かれていて、春と夏とのあいだの短い雨期が梅雨と呼ばれていたそうだ。 温暖な春が去ると一ヶ月ほどの梅雨となり、それが明ければカラリと暑い夏がきたのだという。 俺たちの親世代が生まれた頃から、地球上では降雨量が少しずつ増えていった。 その原因については中学校で習ったが、成績の悪かった俺は、温暖化の影響ということくらいしか覚えていない。 日本において一年で最も降水量が多いのは、六月から七月。 普段は一日のうちに降ったり止んだりが繰り返されるが、その期間はほとんど降りっぱなしになるのだ。 その時期を指して梅雨と呼び、梅雨が去ると乾期がくる。ほんの二週間ほどの短いそれは、サンフェスタとも呼ばれる。 国内でもこのあたりは特に雨の多い地域で、統計上、年間の約三百日が雨降りだ。 ただでさえ田舎で人口減少気味だったところに、そんなデータが出されたものだから、ここ数年は余所への人口流出が夥しい。 世界的に見ても今「移住」は深刻な問題となっている。比較的雨の少ない南半球の国々へ移り住む人々が急激に増え、今や南半球は飽和状態だという。 カノちゃんのところも、お父さんが運良く移住権を獲得してきたとかで、家族でオーストラリアに行ってしまったとのことだった。お別れを言えなかったのは残念だ。 まあ、南半球のことはどうでもいい。 話は今この場所、俺とマキの生まれ育ったこの町の、この店だ。 二〇〇〇年代初頭、日本中のあらゆる場所に腐るほど建てられた「コンビニ」は、当時の一割程度しか残っていないらしい。 うちの店は今や、半径五キロ圏内で唯一の生き残り店舗だ。 その衰退は人口の減少によるものだけでなく、構造上の特徴も大きな原因といわれている。 コンパクトで段差のない造りのため真っ先に浸水する建物、それがコンビニだ。度重なる浸水で営業が難しくなったコンビニの廃墟が、町のあちこちに存在する。 この店は小高い場所に位置しているおかげで、幸いにしてその被害を免れていた。 コンビニといえば二十四時間営業、生活必需品が揃う便利な店。ここで店を始めたマキのじいちゃんが死ぬまで曲げずに掲げていた理念を、マキは忠実に受け継いできた。 五年ほど前、マキの家族は県外へと移住した。 お父さんから店を継いだマキがここに残ったのは、じいちゃんの形見であるこの店を閉めたくない一心だった。 当時はまだ俺を含めて六人ほどのバイトがいたが、みんな県外や国外へ移住してしまって、俺たち二人だけが残ったというわけだ。 「お客さんもずいぶん減ったけど、ギリギリやっていける程度には売れてる。こんなご時世に有り難いこった」 マキはよくそう言って笑うが、地域の人口そのものが減っている中、店の売り上げは落ちる一方だ。今後さらに落ちていくだろう。 それでもマキはこの店を命より大事だと言って憚らない。 そして俺はそんなマキのことが、いつからだったかわからないくらい、もうずっと好きだ。

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