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かくして俺のバイト先だったこの店は、バイト先兼自宅となった。
一人暮らしのアパートを引き払い、少ない荷物と共にマキのところへ転がり込んだ。
バックヤードのさらに奥の居住スペースは、入り口に三段の段差があり、ドアの代わりにカーテンが掛けられている。その先には八帖ほどの部屋がひとつと、簡易キッチン、頭を洗うときに両肘が壁にぶつかるような狭いシャワーユニット。それがマキの家だった。
散らかっていた部屋を勝手に掃除したところ、住人が増えたのに部屋が広くなったと大喜びされた。
最近の寝具は丸洗いできて速乾性の寝袋 が主流だが、マキは昔ながらの布団だ。俺は部屋の隅に自分のシュラフを置いた。
「マキ、そろそろ交代だ」
制服代わりのエプロンを着けて店頭に出、品出しをしていたマキに声をかける。「お、もうそんな時間か」とマキは壁の時計を見上げた。
「さっき傘が届いてた。ここは俺が最後までやるから、アズは傘、頼んでいいか?」
「ん、わかった」
レジの横に、台車に乗った大きな荷物が一箱。俺が追加発注をかけた傘だ。台車で箱ごと売場まで運んでいく。
店の入り口から向かって右側の奥。壁面の一角に、ぎっしりと傘が並んでいる。
うちの売り上げのおよそ三割は傘が占める。年寄りばかりになってきたこの地域でも、二十四時間傘が買える店、というのは貴重だった。
ビニール傘ひとつとっても、サイズは五種類、色も透明・白・黒と展開している。デザイン物や高級傘はほとんど売れないが、品揃えとしては用意してある。
これらを欠品させないことが、バイト歴十年になる俺のささやかなプライドだ。
傘というものは四千年前から存在していたと聞いたことがある。雨具として使われ始めたのはおよそ三百年前。
どんなに技術が進歩しても、ヒトが雨から身を守るためには、原始的なこの形が最適であるようだ。
入荷した傘を壁のバーに次々と掛けていく。無心で作業をしているうち、客の来店を知らせるチャイム音が鳴った。いらっしゃいませ、と声をあげつつ振り返る。
「アズくーん、おはよう」
「あ、シマさん。おはようございます」
傘コーナーに真っ直ぐ向かってくるのは常連のおじいちゃんだった。何年もうちに通い続けてくれるお得意様。
右肩のあたりから腰まで、グレーのスウェットがびしょびしょに濡れて黒くなっている。
「あー、また引っかけちゃったんですか?」
「そうそう。うちの玄関のとこ、RSEケーブルがはみ出ちゃっててさあ」
「何回も聞きましたって。同じのでいいです?」
シマさんの愛用は白のビニール傘、サイズは二番目に大きいやつ。あと煙草はレニアの六ミリ。常連さんの買うものは完璧に覚えている。
レジでしばらく世間話をしてから、ありがとー、とのんびり手を振ってシマさんは雨の中を帰っていった。俺はそれを見送ってから傘の品出しに戻る。
いつの間にかマキは作業を終え、奥に引っ込んでいた。
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