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しとしと、しとしと、と。
雨はとても穏やかに降り続き、ついに奥の部屋が水没した。
どうにか家財を重ねて小島をつくり、俺の寝袋 をそこに置いた。二人で交互にそこで睡眠をとる。
神に生贄を捧げる祭壇のようだ、と俺が言ったのがやけにウケて、マキは就寝することを「生贄になる」とか「捧げられに行く」とか言うようになった。
生贄の祭壇が設営されてからさらに一週間もすると、レジカウンターの高さギリギリまで水位が上がった。
俺たちは売場の壁際にある冷蔵ケースの上へと移動し、ぴったりくっついて座った。ここが店内で一番高い場所だろう。ちょっと伸び上がれば頭が天井についてしまうのが難点だった。
ついさっきまで膝を抱えて座っていたレジカウンターが、少しずつゆっくりと水没していくのを、ぼんやり眺めた。レジの機械も間もなくだめになってしまうだろう。
なんとなくその日は、もうそこから動こうとは思わなかった。
マキが呟く。「死んだらじいちゃんに会えんのかなあ」
俺は答える。「会えるんじゃないか。会えるといいな」
しとしと、しとしと、と。
なんとなくその日は、ヘヘイベイベーを流す気にもならなくて。
俺たちは静かな雨の音に耳を澄ませながら、どちらからともなく手だけを握りあった。
「なあ、アズ」
「何だ?」
「俺さ、お前とセックスしたい」
「……店番がいなくなっちゃうだろ」
「そうだな。だから、いつかさ」
「うん、いつか、な」
「うん。なあ、アズ」
「何だ」
「小さい頃にさ、プール行ったの覚えてるか」
「乾期にか?」
「そう、乾期に」
「覚えてる。マキのじいちゃんがアイスくれたんだよな」
「そうそう。暑かったよな、あの日」
「記憶の限り、人生で一番暑かった」
「楽しかったよな、プール。また行きてえな」
「そうだな。乾期が来たら行けるかな」
「一緒に行こうな」
「勿論」
「なあ、アズ」
「何だ」
「俺、この店、命より大事って言ったけどさ」
「うん。前から言ってた」
「お前となら、この店捨てても生きてもいいかもな、って」
「うん」
「今思った」
「うん」
絡めた指が温かい。触れた肩も。俺はマキに頬をすり寄せる。
「マキ。俺も今、似たようなことを思ったよ」
そうして俺たちは、ぽつぽつと話をしながら、いつしか眠りに落ちた。
交互に睡眠をとっていた俺たちが、同時に眠るのは初めてだった。
寄り添って身体を支え合って。座ったままという体勢の割に深い眠りだったのは、マキが隣にいたからだろうか。
俺は夢を見た。子供の頃の夢。
俺は洋服の下に新品の水泳パンツを穿いて、マキをこの店まで迎えに来た。
乾期にはしゃぐ俺たちに、マキのじいちゃんがアイスをくれて。
それを片手に店の外へ飛び出した俺とマキは、空の真ん中に浮かぶ太陽を見上げて、ぽかんと口を開けた。
見たことのないくらい、大きくてまっしろく燃えていて、じりじりと地を焼くほどに暑かった。
サンフェスタ――太陽の祭。乾期がそう呼ばれる理由を、俺たちは初めてほんとうの意味で知ったのだった。
怖いほど眩いそれに焼かれた、思い出。
きっと今頃、マキも同じ夢を見ているんじゃないだろうか。俺は夢の中ではっきりとそう思った。
隣の温もりが身じろいだのが伝わって目を覚ます。
ガラス張りの店内に淡い光が射し込んでいる。
雨は止んでいた。
了
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