6 / 6

6

しとしと、しとしと、と。 雨はとても穏やかに降り続き、ついに奥の部屋が水没した。 どうにか家財を重ねて小島をつくり、俺の寝袋(シュラフ)をそこに置いた。二人で交互にそこで睡眠をとる。 神に生贄を捧げる祭壇のようだ、と俺が言ったのがやけにウケて、マキは就寝することを「生贄になる」とか「捧げられに行く」とか言うようになった。 生贄の祭壇が設営されてからさらに一週間もすると、レジカウンターの高さギリギリまで水位が上がった。 俺たちは売場の壁際にある冷蔵ケースの上へと移動し、ぴったりくっついて座った。ここが店内で一番高い場所だろう。ちょっと伸び上がれば頭が天井についてしまうのが難点だった。 ついさっきまで膝を抱えて座っていたレジカウンターが、少しずつゆっくりと水没していくのを、ぼんやり眺めた。レジの機械も間もなくだめになってしまうだろう。 なんとなくその日は、もうそこから動こうとは思わなかった。 マキが呟く。「死んだらじいちゃんに会えんのかなあ」 俺は答える。「会えるんじゃないか。会えるといいな」 しとしと、しとしと、と。 なんとなくその日は、ヘヘイベイベーを流す気にもならなくて。 俺たちは静かな雨の音に耳を澄ませながら、どちらからともなく手だけを握りあった。 「なあ、アズ」 「何だ?」 「俺さ、お前とセックスしたい」 「……店番がいなくなっちゃうだろ」 「そうだな。だから、いつかさ」 「うん、いつか、な」 「うん。なあ、アズ」 「何だ」 「小さい頃にさ、プール行ったの覚えてるか」 「乾期にか?」 「そう、乾期に」 「覚えてる。マキのじいちゃんがアイスくれたんだよな」 「そうそう。暑かったよな、あの日」 「記憶の限り、人生で一番暑かった」 「楽しかったよな、プール。また行きてえな」 「そうだな。乾期が来たら行けるかな」 「一緒に行こうな」 「勿論」 「なあ、アズ」 「何だ」 「俺、この店、命より大事って言ったけどさ」 「うん。前から言ってた」 「お前となら、この店捨てても生きてもいいかもな、って」 「うん」 「今思った」 「うん」 絡めた指が温かい。触れた肩も。俺はマキに頬をすり寄せる。 「マキ。俺も今、似たようなことを思ったよ」 そうして俺たちは、ぽつぽつと話をしながら、いつしか眠りに落ちた。 交互に睡眠をとっていた俺たちが、同時に眠るのは初めてだった。 寄り添って身体を支え合って。座ったままという体勢の割に深い眠りだったのは、マキが隣にいたからだろうか。 俺は夢を見た。子供の頃の夢。 俺は洋服の下に新品の水泳パンツを穿いて、マキをこの店まで迎えに来た。 乾期にはしゃぐ俺たちに、マキのじいちゃんがアイスをくれて。 それを片手に店の外へ飛び出した俺とマキは、空の真ん中に浮かぶ太陽を見上げて、ぽかんと口を開けた。 見たことのないくらい、大きくてまっしろく燃えていて、じりじりと地を焼くほどに暑かった。 サンフェスタ――太陽の祭。乾期がそう呼ばれる理由を、俺たちは初めてほんとうの意味で知ったのだった。 怖いほど眩いそれに焼かれた、思い出。 きっと今頃、マキも同じ夢を見ているんじゃないだろうか。俺は夢の中ではっきりとそう思った。 隣の温もりが身じろいだのが伝わって目を覚ます。 ガラス張りの店内に淡い光が射し込んでいる。 雨は止んでいた。 了

ともだちにシェアしよう!