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第6話 その時間が心地よかった。
それからも彼ととりとめもない話をしていた。好きなものは何かと聞かれて、特に無いと答えると、では嫌いなものはと問われた。嫌いなものならたくさんある。答えようとすると、では、嫌いではないものは、と問われた。
だから俺は悩みながら彼の質問に答えたと思う。音楽を聞くのは嫌いじゃない。どんな音楽を聞くのかと問われて、洋楽を聞くと答えた。どんな歌ですかと問われて、聞かせた方が早いとスマホで再生すると、彼は便利な世の中ですねとはしゃいでいた。
そんな彼を見て俺も何故だかほっこりした気持ちになって、これも、これもよく聞く、それにこのアーティストは歌詞がいい、と聞かせているうちに、俺は気付いた。
これは、俺の好きなものだ。
彼は俺を誘導して、まんまと好きなものを話させているのだ。
こいつ、生前は詐欺師か? 少し不安になったが、彼が嬉しそうに音楽のリズムに乗って揺れているのを見ると、邪気とか悪意とかとは程遠い存在に思えて、結局そのまま紹介を続けてしまった。
気付くと昼時になっていて、俺は弁当を食うことにした。よく買う幕内弁当だ。おかずを見ながら、彼は美味しそうですね、と微笑んだ。
「あんたは、幽霊だから腹は減らないのか?」
「そうですね。でも、美味しそうだとは思います」
「ふぅん、美味しそうだと思うってことは、食べたことがあるんだろうな……」
「……そうですねぇ、たぶん、有るんでしょうねぇ」
彼は首を傾げて何か思い出そうとしていたが、結局何も思い出せなかったらしく、俺とおかずを見つめて時間を過ごしていた。
何も食べてない相手に見つめられていると、飯が食べにくい。
「……あんたのことを、話してくれよ」
「えっ、私のことですか? でも、記憶がありませんから……」
「じゃなくて、ここにいる間のこと。何年もここにいたなら、他の人も通ったりしたろ。なにか無かったのか?」
彼はしばらく考えてから「そうですねぇ」とゆっくり口を開いた。
「こんな所ですから、滅多に人は来ませんね。時々子供や、あと数ヶ月に一度、おばあさんが来て、この辺りの草刈りをしてくれます。あとは野生動物が遊びに来るぐらいですかねぇ……」
「動物って例えば?」
「そうですね、鳥はたくさん来ます。ほら、あそこの木にとまって、よくお喋りをしているんですよ。それを見ていると、心がほっこりするので好きなんです。それに猫も、たまにタヌキも来ますね。彼らにも私のことは見えていないようで、随分くつろいだ姿を見せてくれて、微笑ましいんです」
指さした木には、確かによく鳥がいて、彼はそれを見ていたように思う。思い出したのか、ニコニコしている。呑気な幽霊だ。ここにいる理由もわからないのに、動物や俺相手に微笑んで。成仏したくないのか?
しかし記憶が無いんだから、成仏しようにもできないのかもしれない。難儀な話だ。
「あんた、名前も覚えてないんだよな」
「はい、全く何も……」
「しかも、俺以外の誰にも見えてない」
「今のところ、そうみたいですね……」
「で、ここから全く動けない」
「はい。あの祠の周囲2.3メートルが限界ですね……」
要するに、この公園の敷地内から出られないようだ。
「でも、この公園で何か思い出すことは無い」
「その通りです」
「つまり、あんたはここじゃない別の場所で死んだのかもな……でもなら、どうしてここに繋がれてるんだろう? しかも、最近まで普通に暮らしてたかもしれないんだよな、携帯電話を知ってるぐらいだから」
わからないことが増えるばかりだ。しかし、スマホを見せたら携帯電話のことを知っていることがわかった。本人が記憶が無いだけで、色々な物を見せていけば、そのうち何かわかるかもしれない。
と、ここまで考えて、俺はまた眉を寄せた。なんでこの幽霊の素性を探ろうとしてるんだ。
まあしかし、悪い奴のようには思えないし、俺しか頼りがないなら放っておくのも気がかりだ。ここに毎日飯を食いに来るわけにもいかない。できれば成仏させてやって、俺もスッキリ元の生活に戻りたいもんだ。
「きよはるは、本当にいい人ですね」
俺の考えてることでもわかったのか、彼がまた嬉しそうに笑う。だから、「俺だけ名前で呼ばれるのはフェアじゃないな」と呟いた。
「あんたのことも名前で呼ぶ」
「え……それは、嬉しいですけど、……私、名前も……」
「覚えてないなら、なんでもいいだろ。そうだな……ひいらぎ。柊って名前にしよう」
ここの公園の名前だし、祠の上に生えてる木だし。何より、響きが綺麗だ。名前を提案すると、彼は「ひいらぎ」と繰り返して、それからニッコリと微笑んだ。
「私は、ひいらぎ。あなたは、きよはる」
ふふ、と嬉しそうに笑う姿は、なんとも子供っぽくて、俺もなんとなく、微笑んでしまった。
捨て猫を拾ったって、名前をつけちゃいけないって言うじゃないか。
愛着が湧いて、離れ難くなるから。
だから、俺は柊に名前を与えるべきじゃなかった。
いずれ、柊が成仏して居なくなるかもしれないのに、愛着を持つようなことなんて、するべきじゃなかったんだ。
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