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第7話 長い間独りでいたから

 それから俺は、土日に彼と会いに行くようになった。  寂れた公園に人が訪れる事は無かった。柊の言うとおり、小鳥や猫は時折現れる。その姿を俺もぼんやり眺めていたけど、確かに心癒されるものがあった。俺のことは見えるから、猫はそそくさと逃げて行ったけど。タヌキは夜行性だから、昼間はあまり見ないと柊は言っていた。  柊が俺の弁当をまじまじ見るものだから、俺は毎回違う具材の弁当を買って行った。そういう些細なことさえ、彼の素性を知るヒントになるかもしれない。しかし、彼が何回目かの昼飯の後で、「栄養は偏っていないですか?」と心配してきたので、元の食生活はマトモだったのかもしれないということが推測されたぐらいだった。 「きよはるが健康を崩さないか、心配です」  毎日の残業と、コンビニ飯の生活を聞いて、柊は不安そうだった。幽霊に心配されるようじゃ、終わりだ。野菜ジュースでも飲んでみるよ、と苦笑して、俺たちは何時間も話し続けた。 柊は俺のつまらない話をずっと素直に、嬉しそうに聞いてくれて、だから俺もなんだか饒舌になってしまう。そうこうしているうちに、気付くと日が傾いているから、その度に、「もうお家に帰る時間ですね」と柊は名残惜しそうに言ったものだ。  そして、それに対して「また来るよ」と返す俺も、大概、彼との時間を名残惜しく感じるようになってしまっていた。  とある金曜日。その夜は、久しぶりの大雨だった。  傘を差しても足元からびしょ濡れで、明日が休みの土曜で本当に良かった、と思いながら、俺は夜遅くの道を歩いていた。  土砂降りの夜は、通行人も殆どいない。僅かな街灯が照らすだけの道は暗くて、女子供でなくても少し不安になるから、自然と足早になる。早く家に帰ろう、と思っていたのに、俺はいつもの看板の前で足を止めてしまった。  こんな夜、柊はどうしているんだろう?  幽霊の夜の過ごし方なんて想像するとろくなことを考えない。彼は透けていて、物に触れない様子だった(でもベンチに座っているんだから、なにかやり方はあるのかもしれない)。だから、雨が降っても困りはしないだろうが。  俺は看板を見て、真っ暗な公園へと続く道を見上げて、それからスマホを取り出した。22時38分。明日は土曜日。俺はもう一度、真っ暗な山道を見上げて、それからスマホを懐中電灯モードにした。  雨でぬかるんだ坂道は、ビジネスシューズでは死ぬほど歩きにくい。何度も滑りながらようやくたどり着いた真っ暗な公園は、いつにも増して不気味すぎた。    その中で、ベンチに座っているうっすら白いものが見える。柊だ。  柊は、雨に打たれながら、ぼうっと地面を見ていた。 「ひいら、うわっ、わ!」  声をかけながら近寄ろうとして、遂に足を取られてすっ転んだ。スマホが吹っ飛んで、あらぬ方向を照らしている。それで、柊も驚いたように顔を上げて、「きよはる!」と俺に駆け寄ってきた。 「いたた……」 「きよはる、どうしたんです、こんな夜中に……ああ、びしょ濡れの泥だらけです……」  柊が心配そうに顔を覗き込んでくる。俺はなんとか起き上がって、それから傘を柊にもかかるようにさし直した。  柊は当然ながら、濡れていない。 「お怪我はないですか? きよはる……」 「ん、大丈夫……。それより、柊……」  もしかして。  いや、わかっていたことではあった。ずっと気づかないふりをしていたのかもしれない。  ここには屋根のあるようなところもない。街灯もない。幽霊は飯を食わない。当然、眠ることもない。  つまり、柊は。 「毎晩、こんな真っ暗な中、独りで? 雨の日も、雪の日も、朝が来ても、ずっと?」  足元も見えないような暗闇の中。夜が明けるまでじっと闇を見つめて。太陽が昇っても、ずっとここで鳥や空を見上げて毎日を過ごす。  地獄のような孤独だ。俺の寂しさなんて、どうでもいいぐらいに。 「……はい……」  柊は困ったように頷いた。何故もっと早く、それを言わなかったのか。独りで寂しかったなんて言葉で済ませられる孤独ではない。名残惜しいなんて感情で済むものではない。もっとそばにいて欲しいと甘えても許される。呪いでもかけて、俺をここから出さなくても仕方ないくらいだ。 「こんなところに昼も夜も独りで繋がれてたら、悪霊じゃなくたって心を病むってもんだ。なんで相談してくれなかったんだ、そしたらもっと会いに来たのに」  なのに、柊が。 「だって、それを知ったら、優しいきよはるはどう思うか……。私は、きよはるに迷惑をかけたくありませんでしたから……」  そんなしおらしいことを言うもんだから、俺は決心した。  柊を、うちに連れて帰る。

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