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第8話 怖くないと思っていたけど
「き、きよはる、ダメですよ」
柊が慌てて止めるのも構わずに、俺は前に俺がぶっ壊した祠を物色した。
石を積み上げて作った小さな祠は特に固められていないようで、むしろ俺が壊すまで無事だったのが不思議なぐらいだ。その石の山から、御神体的な物を探す。祠が壊れたのに柊が自由になれないなら、何か核のようなものがここに有るのだろうと予測した。
「きよはる、そんな事をしたら、何か祟りとか、バチとか当たるかもしれないですから」
幽霊に祟られることを心配されるとは面白い。それに祟られるようなものなら、壊した時点でとっくに祟られているだろう。俺はスマホの明かりを頼りに、それらしいものを探した。
「あっ」
と、一つの石を握った時、柊が声を上げた。見ると、彼は自分の胸を押さえている。
「あたたかい……」
目を伏せて、その温もりを確かめるように胸に触れている。俺は手の中の石を、スマホで照らしてみた。
深い紺色の石だ。それ以外には何の変哲も無いように思う。特に何かを象ったものでもなく、神秘的に感じるわけでもない。ただ、その辺に転がっている石にしては、綺麗だとは思った。
「あなたの温もりを感じます、きよはる」
微笑むその眼が、潤んでいる。霊体としてここにずっと繋ぎとめられ、俺以外に誰とも話したことさえなかった柊が恐らく始めて感じた、人肌のぬくもり。その感動が見てとれる。
俺はその石を握りしめて、「試してみよう」とゆっくり公園から出た。柊ものろのろ着いてきて、そして、公園の敷地から裸足のまま外へ歩みだす。
「ああ、きよはる……!」
その時の柊の嬉しそうな顔ときたら。俺まで嬉しくなって、笑うと、彼は俺に抱きついてきた。その体はそのまま、俺をすり抜けてしまった。
柊を連れて、アパートの自室に戻る。
柊は物珍しそうにずっとキョロキョロしながら、俺の背後をついて来た。白い着物を着た真っ白な男が裸足で歩いているのだから、見えたらかなりホラーだろうが、すれ違った幾らかの人にも柊は見えていないようだ。
部屋の玄関で明かりをつけると、自分の惨状が目に入った。スーツも靴も鞄も何もかも、泥だらけのずぶ濡れだ。これは大惨事だ。風呂に入って洗濯機を回さなければ。とりあえず、このままでは部屋に入るのもままならない。
柊の石をとりあえずキッチンに置いた。それから靴を脱いで、靴下を脱いで、……そして、ズボンに手をかけてから柊を見た。彼は、じっと俺を見ている。
「……あの、柊」
「はい」
「ごめん、ちょっと服脱いで、風呂入るから、その、」
「あっ」
柊はやっと気付いたように顔を逸らして、キッチンを見つめていた。鍋とカップラーメンのゴミしかないキッチンで申し訳ない。とりあえず服を脱いで、玄関近くにある洗濯機に放り込む。そのまま風呂場へ向かって「ごめん、ごめん柊、すぐ出るから」と伝え、シャワーを浴びた。
軽く流すだけにしようと思ったが、思いのほか全身泥水をかぶっていたので、結局しっかり洗わざるを得ない。それでもなるべく手際よく終わらせて、10分程度で外に出ると、柊が冷蔵庫に頭を埋めていたもんだから「うわっ」と叫んだ。
「あっ、きよはる」
それで柊も驚いて冷蔵庫から顔を出し、それから俺の裸を見てまた顔を逸らした。俺はタオルだけ巻いていたから、慌てて部屋に部屋着を取りに行くことになった。
黒のルームウェアを着て玄関に戻ると、柊は今度は大人しく待っていた。
「……その、お待たせ」
「いえ、大丈夫ですよ」
柊は俺が服を着ているのを確認すると、安心したように微笑む。俺はキッチンに置いていた石を手に取って、柊を部屋の中へと案内した。
といっても、ベッドとテーブルと、テレビにクローゼット、それだけの部屋だが。
部屋の中央に有るテーブルへ、ことりと石を置く。ワンルームの室内なら自由に歩けるぐらいの位置だ。柊はきょろきょろと俺の部屋を見て、「あまり物が無いんですね」と呟きながら、床に座った。
俺も床に座って、それからテレビをつけた。俺はあまりテレビを見ない方だが、2人きりで無音の部屋では気まずい。テレビではニュースをやっていた。こうして世間の情報に触れているうちに、柊の記憶にも繋がるかもしれない。一石二鳥だ。
柊はテレビを見ても別段驚くでもなく、普通に鑑賞している。そんな様子を見ても、生前にテレビは知っていただろうことは予測がついた。しばらく2人でテレビを見ていたけど、俺はのそのそとキッチンに向かって、夕飯のカップラーメンを食うことにした。
湯を入れて戻って来ると、柊は食い入るようにテレビを見ていた。画面を見ると、いつのまにか深夜のドラマになっている。よくあるギスギスした職場のパワハラを主題としたものみたいだった。
「何か、思い出せた?」
俺が尋ねると、柊は少し残念そうに、首を横に振った。
柊は眠らない。
したがって、俺の部屋に連れて帰ったところで、彼は夜の間ひとりぼっちだ。
そんな当然のことに気付いたのは、寝ようとした時だった。
「俺が寝たらどっちみちヒマだよな……どうしよう。テレビつけたままにしようか? 電気とか……」
布団に入る前に柊にそう言ったけど、「お気遣いなく」と彼は微笑む。
「慣れていますから。それに、きよはるが寝不足になっては大変です。よくお休みになって」
「でも……」
「いいんです。こうして側にいられるだけで、寂しくありませんから」
柊がそう言うから、俺はしぶしぶ布団へ潜った。それで、柊は俺の事を見下ろしている。これは金縛りとかにあった時に見る光景かもしれない。
「……柊……そんなに見られてると、寝づらい……」
「あ、ああ、ごめんなさい」
柊は慌てて俺から顔を背けて、それからのろのろと床に座ったようだ。柊がそれでいいと言うから、テレビと部屋の電気を消すと、しんとした無音と、暗闇が部屋に満ちる。
目を閉じて、眠ろうとしても、わずかに気配を感じる。そばに柊がいて、1人ではないと、全身が感じている。
「……柊、明日、俺、休みだから……」
ちょっと出かけてみようか、あんたの記憶を探しに。
小さな声で、ありがとうございますと返事が有った。明日、柊を連れて何処かへ行ってみよう。そう考えるとなかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていた。
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