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第9話 こうして二人で過ごすと
土曜の朝。俺が目を覚ますと、柊は窓から外を見ていた。カーテンから差し込む朝日が眩しい。柊はその光の向こう、街並みを見つめていた。
どこか嬉しそうに外を眺めている横顔は穏やかで、その白い朝日に、真っ白な柊は溶けていきそうだった。少し不安になって、おはよう、と声をかける。
柊がびくりとして振り返り、本当に嬉しそうに俺に返事をする。まるで子犬かなにかだ。それに苦笑しながらベッドから出る。テレビをつけて、ニュースを見ながら朝飯のチョコバーを食い、それから着替えて出かけようとした。それで、柊が真っ白な着物姿であることを思い出す。
「なんかその、柊、服、もう少しなんとかなんないの?」
あの公園では見える人が居なかったとはいえ、街の中ではどうかわからない。運悪く坊主に見つかって、問答無用で成仏させられたりしたら俺も後味が悪い。せめて、一目で幽霊とわかる格好はやめられないものだろうか?
そう提案すると柊は少し考えて、何か見本は有りませんか、と尋ねてきた。見本と言われても。その時テレビで芸能人の男がインタビューされていたから、「あんな格好とか」と指差す。白いTシャツにデニムという、シンプルな格好をしていた。しかしそれぐらい普通の格好ができるなら、それに越したことはない。
「どうだ? できそうか……?」
柊はしばらく、うーんと唸っていたが、ややして、えい! と掛け声を上げた。すると、柊は見事にTシャツとデニムの姿になっていた。
「おお、やればできるんじゃないか」
「うう、でも結構疲れます。……きよはると二人の時は、普通の姿にしますね……」
柊は少ししんどそうな顔をしている。幽霊に辛さがあるのかどうか、よくわからないが、普段あの姿でいるのは何か理由があるのかもしれない。それが楽だというのも。俺は霊媒師でもなんでもないから、その辺の理屈はさっぱりわからない。
でも、できることなら、もっと一般人になりきってほしい。
「髪が長過ぎるのはどうにかならない? あと裸足なのも……」
普通の男はこんなに髪は長くないし、白くもないだろう。裸足でも歩いてない。そこが何とかなれば、仮に見えたとしても一般人だ。柊はうんうん唸って、それから黒いスニーカーを用意して、なんとか髪をゆるい一括りに結ぶことに成功した。
「これ以上は少し、無理そうです」
何がどういう理屈でダメなのかよくわからないが、たぶん柊にもわからないんだろう。まあ、これならちょっと芸術系の人なのかなぐらいでまだマシだ。「すごいぞ、柊」と褒めると、彼は照れるようにはにかんだ。
柊は俺の後ろをぴったり着いて歩いた。彼はずっと周りをキョロキョロと物珍しげに眺めていた。
とりあえず、記憶を探すといっても何のあてもないから、近所を散歩することにする。サコッシュに柊の石を入れて、二人でウロウロした。
柊は「あれは何ですか?」とすぐに聞いてくる。俺はでかい独り言を繰り返す不審者にならないように、小声でそれに答え続けた。答えを聞くと、柊はそれが何であったか思い出せるようだ。
気付くと昼になっていたので、近くにあった飯屋に入る。お一人様ですか? と問われるのがなんだか不思議で、はい、とぎこちなく頷いた。案内された二人掛けの席の向かいに柊は座った。
土曜の昼とあって飯屋は繁盛していたし、その席はかなり奥まっていて、あまり人目がない。ここなら柊と話していても、怪しまれないかもしれない。
「大丈夫ですか、きよはる。疲れていないですか?」
心配そうに尋ねられて、俺は苦笑した。少し疲れた、とは思っていたが、見た目でわかるのかもしれない。
「運動不足だからなあ。一人だとどこにも行かないし」
「ごめんなさい、私のために……」
「いいんだよ。歩いた方がいいに決まってる。それより、何か思い出せたか?」
柊は申し訳なさそうに、首を横に振った。でも、得られたものが何も無いわけじゃない。柊が、たくさんのことを忘れているだけで、きっかけがあれば思い出せることがわかった。
この調子で色んなものを見せていけば、あるいは。次は何処へ行こう。柊と一緒に。何を見せてやろう。そう考えると、少しワクワクした。
「……何を食べるんですか?」
柊が興味深そうにメニューを覗き込んでいる。そうだなあ、と俺はしばらく考えて、からあげ定食を頼むことにした。
「からあげ」
柊は嬉しそうな顔をしていた。
「からあげは、美味しいです」
「お、味を思い出したのか?」
「きっと、好きだったのかもしれません。とても幸せな響きです。からあげ」
柊が子供のように微笑むから、俺もなんだか嬉しくなった。
「柊も一緒に食べれたらいいのにな」
そんなに好きだったものを目の前で食われてたら、寂しいだろうな、と思ったが、柊はやはり微笑んでいた。
「きよはるがご飯を食べているところを、見るのは好きです。きよはるも、一人でご飯を食べずに済んで、さみしくないですね」
にこにこしている。俺は一人の飯が寂しいなんて言った覚えはない。それに、飯を食ってるところをじっと見られているのは落ち着かない。だけど、俺もその時間が嫌いではなかった。
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