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第21話

 柊が戻ってしばらくした週末のある日、何気なくひいらぎ公園に登ってみると、何故か大家さんが公園の掃除をしていた。 「あれ? 大家さん、こんな所で何を」 「あら! 清晴ちゃん、ここを知ってたのね」  大家さんは俺に気付くと掃除をやめて、「ああ疲れた」とベンチに腰掛けて休憩を始めた。 「掃除ですか?」 「そうなのよ。誰かがここにあった祠を壊しちゃったみたいで」  その言葉に、俺はどきりとしたけど、「タヌキか何かかしらねぇ」と大家さんが続けたから、少し安心した。 「この祠はちょっと曰く付きだから、ちゃんと封印し直しとかないとと思ってね」 「……その、祠、何かあるんですか?」 「ここにはねぇ、与え石があるのよ」 「……与え石?」  初めて聞く言葉だ。しかし、事の真相にたどり着ける気がして、俺は大家さんに話を聞くことにした。 「そう。昔々の話なんだけどね。この辺りには、与え神と奪い神っていう、双子の神様がいたの。名前の通り、何かを与えたり奪ったりする神様だったのね。ところが、この二人がくせもので、彼らはちょっと捻くれてたから、人が願ったそのままの形では与えたり奪ったりしないの」 「……というと?」 「ある意味願いが叶うっていうのかしら。例えば、お金持ちになりたいって願ったとするでしょ、そしたらおばあちゃんが死んで遺産が手に入る、とか。まあ確かにお願い事は叶ってるんだけど、そうじゃなくて……みたいなことの多い神様だったのよ。それで、彼らは石に封印されたの。それの一部が、与え石と奪い石っていってね。持ち主の願いを、ある意味叶えちゃう厄介な石」  だから、こういう祠に封印しとかないといけないのよ。  大家さんは苦笑して、それから俺を見て言った。 「清晴ちゃんも、この祠を開けたり、中身を取り出したりしちゃダメよ。ある意味願いが叶うと、ろくなことにならないから」 「……はあ」  なるほど、夏樹さんの「消えて無くなりたい」という願いを、ある意味叶えたから、生霊になってたのか。俺は一人で納得した。  そこまで考えて、俺ははたと気付いた。  消えて無くなりたいと思った夏樹さんが、生霊となって石に閉じ込められてしまって。寂しい気持ちに耐えかねて、誰かに会いたいと思って、俺たちが引き合わされて。柊に会いたいと思っていたから、夏樹さんが俺のところに。  何もかも石のせいのような気がしてきた。 「……あの、その石って、大家さんがこの祠に入れたんですか?」 「そうなのよ、何年か前に、化け猫が祠を壊して、中の石を持って行っちゃってね。あの時は大変だったわ、石をなんとか見つけてこの祠に再封印したんだけど。やっぱり素人仕事の封印じゃダメねぇ、祠もなんだか脆くって……」  大家さんが溜息をついている。言っていることがどうもおかしい。 「あの……大家さんって……?」 「あ、私? こう見えてもう三百年生きてる妖怪なのよ〜」  あっけらかんと言ったので、俺はそれは聞かなかったことにした。  俺の部屋に来ていた柊にその話をすると、彼は「うーん……」と考え込んで、それから頷いた。 「確かに、その話が本当ならそうなのかもしれませんね。大家さんは私が見えていたみたいですし、私は石を持ったまま階段から滑り落ちて、こうなってしまったわけですし……」 「でも、少しだけ腑に落ちないんだ。もしあの石が、持ち主の願いをある意味叶えてしまう困ったやつなら、どうして柊は俺の所に帰って来てくれたんだ?」  俺の柊に会いたいという願いは、夏樹さんという形である意味叶えられてしまっていた筈だ。念願叶って柊が戻って来るなんて気の利いたハッピーエンドを、その厄介な石が用意してくれるとは思えなかった。  すると、柊が恥ずかしそうに俯く。「ん?」と彼を見ると、「いえ、」と小声で言った。 「あの、まだ夏樹だった時の記憶も有るんですけど、その」 「うん?」 「な、夏樹も、……きよはるのことが、好きだったんですよ……だから、……その。もっと深い仲になりたいって、思ったんです、私……きよはるに、近付きたいって……」  だから、柊に戻る事でそれが叶ってしまったんじゃないでしょうか、夏樹としてはもう接することはできなくなってしまうけど……。  柊の言葉に、俺は少し恥ずかしくなった。結局、夏樹さんにも柊にも、惚れられてしまったのか。こんな俺が。  それは、なんというか。うん。 「……あの、うん、 ……責任取るよ、……夏樹さんのことも、柊のことも……」  そう言うと、柊は柔らかく微笑んで、小さく頷いた。  柊の記憶と一つになった夏樹さんは、少し明るくなった。  心の闇を打ち明けたからかもしれない。そうして人に話すことで、自分を認めることができるのは、人にとって大切なことらしい。  問題は彼を「柊」と呼ぶか「夏樹さん」と呼ぶかなんだけど、二人にきりの時は柊と呼ぶことにした。そのほうが、彼は嬉しそうだった。  柊はリハビリをしながら、週末は会いに来る。そして恋人のように抱擁し、キスをして、確かめ合うようになった。  二人でいる時間はとても心地よくて、俺たちは何時間でもそうして過ごす。ずっと一人だったのに、こんなに誰かと分かち合うことが幸せなことだと気付いてしまって、もう離れられる気がしなかった。    一緒に暮らしたい、と言うようになった柊と、これからのことを考えなければいけない。いけないのに、一緒にひっついていると、何もかもがどうでもよくなって、その温もりを抱きしめることで手いっぱいになってしまう。  もう少し、もう少ししたら、考えよう。  そう思いながら、身を寄せ合って、長い長い時間を過ごす。 「また、春が来たら」  柊がポツリと呟く。 「花畑に行きましょう。きよはるが、行きたかったところへ」  甘く優しい声がとても心地よくて、俺は「うん」とだけ返事をして、また彼を撫でる。 「今度こそ、一緒に」  傷は癒えても、跡は残るものだから。俺たちはきっと、抱えているものを消し去ることはできないだろう。でも、また前を向いて歩き出すことぐらいはできるはずだ。  相談することができるようになった柊は。あの花畑に自分の足で行けた俺は。きっと、そこからやっと、前に向かって歩き出せるんだろう。

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