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「ここだ。ここ」
そう言って中須は、一軒の長屋を指さした。
開け放たれた玄関には、老婆が気怠げな表情で書き物をしていた。他の店とは違い、相手をするであろう女は見当たらない。
「おい。彼は初めてらしいから、一番良い奴をあてがってくれ」
そう老婆に声をかけると、中須は懐から財布を取り出した。
「いえ、私は結構ですから」
松原が慌てて止めようとするも、中須は「いいからいいから。今後の友好な関係を築いていくには安い金だ」と言って、老婆に数枚の万札を手渡してしまう。
「し、しかし……」
「何も気にすることはない。この件は一切口外などせん。それともなんだね。私のことが信用できないとでも言うのかね」
中須の頬が僅かに上気した。これはまずい傾向だ。彼は怒りだしたら手をつけられないほどに怒り狂うのだ。せっかく取り付けた新たな契約を棒に振っては、左遷も免れないかもしれない。ここは素直に従って、ことにさえ及ばなければ良い。向こうも金さえ払っていれば、相手をしなくても金は入ると喜ぶだろう。
松原は止む終えないと、作り笑いを浮かべて頭を下げる。
「いえ……ここまでして頂きまして、恐縮です」
「はじめから素直にそう言えば良い。ほら、楽しんできなさい。私は泊まるから、君は終わったら帰るなりなんなり、好きにすればいい」
中須の表情が一気に、卑しいものへと変化した。これから勇んで女を探すか、得意先にでも足を向けるのかもしれない。
「えぇ、ありがとうございます」
松原が再度礼を述べると、中須はこれで用は済んだとばかりに、早々に立ち去っていく。
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