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すぐ近くに腰を下ろしたハルヤが松原にグラスを手渡すと、瓶ビールをグラスに傾けた。さすが手慣れているだけあって、注ぎ方も丁寧で様になっている。
柔らかな表情でお酌をしている彼は、一体今までに何人の男を相手にしてきたのだろうか。きっと綺麗な顔からは想像できないような、裏の姿があるのかもしれない。
父が入れ込んだような女のように、人畜無害そうな顔で接し、腹の中ではどうやって客を落とそうかと策を練っているのかもしれない。
そういう思考にまで陥り、ここで呑気に酒を飲まずに帰るべきなのではと、松原は再び眉間に皺を寄せてグラスに視線を落とす。
「嫌いですか? こういった場所は」
瓶をテーブルに置いたハルヤが遠慮がちな笑みを浮かべ、松原に問いかけてくる。
「……好んではいない」
嫌いだとはっきり言うのはさすがに気が引けて、松原は言葉を濁す。
ビールの入ったグラスを一気に煽ると、松原は再び口を開く。
「君は、なんでここで働いているんだ? 若く見えるけど、大学生なのか?」
こういうことを聞いてしまっていいものなのかと、言った後になって後悔した。それでも、こういう場所に来る機会はもうないはずだ。
ハルヤはすぐには答えずに、空になったグラスにビールを注いでいく。
「すみません。ここでは自分のプライベートは、明かせない決まりになっていまして……」
ハルヤは少し困ったような笑みを浮かべ、言葉を濁している。
「そうか……ならいい」
どうしても聞きたいわけでもないし、知っても知らなくても何も変わりはしない。松原は再びビールに口をつけ喉を潤した。やたらと喉が渇いて仕方なかった。
少しだけ沈黙が流れた後、ハルヤが少し照れくさそうに口を開いた。
「代わりといってはなんですが、ある一人の男の話をしましょう」
ハルヤはそう言って、静かに語りだした。
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