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あの人は、もうここには来ない。
櫻田 春夜 は窓枠に腰をかけ、自嘲気味に口元を緩める。
民家と長屋が立ち並ぶ見慣れた大通りに視線を落とすと、さっきまでこの部屋にいた男の背が、道行く男たちの中で少し浮いて目に映り込む。周囲のゆったりとした歩みとは違い、一刻も早く立ち去りたいという気配がその足早な動きからして明らかだ。
初対面にして嫌悪を滲ませていた男に、春夜はまず疑問を抱いた。
若い見た目にしては落ち着いた物腰。キミヨに見せられた名刺の肩書きには、主任と書かれていた。二十代後半であれば、早い出世だろう。
精悍な顔立ちだが怜悧そうな一重瞼が、女性から見たら少し冷たく感じられそうにも思える。
その目が、春夜を胡散臭そうにとらえていた。
ここは他の風俗街とは一線を画する高級店。冷やかしや、ただ呑気に会話しにくるには高すぎる。
だからこそ、彼が取引先の勘違いで嫌々入ったのだと聞いて春夜は納得した。それと同時に、ふいに押し寄せる寂寥感と自虐に胸が痛みだす。
べつに男に抱かれるのを嬉しいとは思っていない。それでも求められないのも、必要とされていないような心苦しさがあった。
だからといって、いつまでも客をほったらかすわけにはいかない。春夜は笑みを作り出し酒を進めた。お金を貰っている以上は、それに見合ったもてなしをする。それがこの仕事に対する春夜の姿勢だった。
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