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緊張することなど何もない。改札を抜け、ホームに上がり電車に乗る。ただそれだけのことだ。この時間ならば、ハルヤも客の相手をしているはず。出くわすはずがない。分かっていても、なぜか無意識に駅周辺に視線を投げている自分がいた。
不意に前から来た一組の男女の会話に、松原の動悸が更に早まった。
「着物姿の男性なんてリアルで見たの初めてかも。でも、大丈夫かなぁ。なんだか揉めているみたいだったけど……」
男に腕を絡ませていた女が、男を不安そうな表情で見上げている。
「南口の方は遊郭街なんだから、客と揉めてるんだろう。確か男娼を雇ってる店もあるらしいから」
「へーそうなんだ。てか、詳しいね。行ったことあるんじゃないの」
女のふてくされた声が人混みに紛れ、遠ざかっていく。
今の会話の内容がハルヤだとは限らない。駅の近くだとしたら人通りも多いだろうし、誰かしらが止めるか通報するはずだ。
松原は溜息を吐き出し、再び駅に向かって歩き出した。
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