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当面は客は取れないかもしれないと、春夜 は頬の痛みに顔を顰めた。
久しぶりに会った義理の兄である裕介は、昔と何も変わってはいなかった。
「恩を仇で返しやがって」
春夜の腕を強く引きつつ、裕介が吐き捨てるように言った。
どこかに連れて行かれる前に、助けを求めるべきなのか。春夜は周囲に視線を向けた。
スーツ姿の男が、和服姿の男の腕を引いているという異様な光景に、道行く男たちが振り返る。皆一様に訝しげな表情をするだけで静観を決め込み、すぐに前を向く。
見ず知らずの人間を助けるために、進んで面倒事に関わろうとする者などいるはずがない。自分が一番良く分かっているのに、一瞬でも助けを求めようと考えたことに春夜は自嘲した。
「お前もあの母親と一緒で、とんだ淫売だな。まさか母親が働いていた場所で、お前も働いているなんて思ってもみなかったよ」
裕介はそう言って、微かに笑い声を漏らす。
「……なんで」
分かったのかと聞く前に、裕介が冷ややかな表情で春夜に振り返る。
「高校卒業してすぐにお前はいなくなった。置き手紙だけ残して消えやがって。まぁー二人はお前のことを、厄介だと思っていたしな。家は特に騒ぎにはならなかったよ」
「……そう」
春夜は素っ気なく言い放ち、見え始めた駅舎にどうするべきかと思考を巡らせる。
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