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「いや……いくよ」  春夜はそう言って、立ち上がった。  何しに来たのかわからないが、これ以上自分の気持をかき乱されるわけにはいかない。彼は自分を抱けないのだから、場違いな客なのだ。  春夜は覚悟を決めるように、羽織を肩に掛けると玄関へと向かう。  外はすっかり冬の冷え込みに満たされ、玄関先にいた松原もスーツの上からカシミアの黒のコートを着込んでいた。  白い息を吐き、鼻の頭が微かに赤くなっていた。どこか強張った表情で立ち尽くし、春夜の姿を認めると何故か決まり悪そうな表情に変わる。 「どうされたんですか?」  黙り込む松原に、春夜は淡々とした口調で問いかける。 「……これを渡しに来たんだ」  松原は眉を顰め、手に持っていた紙袋を春夜に差し出した。  春夜は怪訝な表情で紙袋を受け取る。ずっしりとした重さに、一体何が入っているのだろうかと疑念が沸いた。 「要らなかったら、持って帰る」 「なんですか、これは?」 「……見ればわかる」  言葉数少ない松原に、彼が緊張しているのだと分かった。会ったらすぐ追い返すつもりだったのに、出鼻を挫かれてしまう。  春夜は渋々、紙袋の中を覗き込むと息を呑んだ。

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