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「僕にはここしか居場所がないんです」
「そんなことはない。だったら俺の所に来ればいい」
「簡単に言わないでください!」
ハルヤが声を荒げ、苦悶の表情を浮かべる。
「そうだな……悪い」
「僕こそ……すみません。取り乱しました」
そう言って視線を俯けているハルヤの姿が、痛々しかった。
彼は何故、この場所に固執し続けているのか。以前聞いた話だけでは、すべてはわからない。母親が働いていたというこの界隈に縛られ続けるのが、正しいとはどうしても思えなかった。
「……帰る前に君の部屋に寄ってもいいか?」
金魚のこともまだ半端なうえ、少しでもハルヤといたいという気持ちもあった。
「……わかりました」
ハルヤも渋々といった様子で頷いた。
終始無言のまま、二人でハルヤの部屋に向かった。部屋に入るなり松原は、バケツに浮かべていた袋の口をそっと開ける。
「水合わせといって、急な水質の変化が起きないようにするんだ。そうすることで、できるだけ彼らのストレスを減らせる」
解き放たれたように、金魚たちがバケツの中へと流れ込んでいく。興味深そうな目で、バケツの中を覗き込むハルヤの様子に、自然と松原の口元に笑みが浮かんだ。
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