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年の瀬が迫ると、春夜 しか暮らしていないこの建物はいつも以上に静まり返っていた。
ただ、今年はひとりぼっちではなく、松原がくれた金魚が二匹いる。松原のアドバイスのおかげか、以前飼っていた時よりも元気が良い。
春夜は棚に乗せていた金魚鉢を、ちゃぶ台にそっと移動した。優雅に泳ぐ金魚を見ながら、キミヨに分けてもらったおせちでも食べようと、厨房へと足を向ける。
キミヨが自分を疎ましく思っているのは知っていた。それでも何故か、おせちだけは毎年余ったからとくれていたのだ。
業務用冷蔵庫を開け、春夜は呆気に取られる。いつもならタッパに入っているはずのおせちが見当たらず、代わりに黒の漆塗りのお重がポツリと置かれていた。
キミヨからはいつものように「冷蔵庫にあるから食べな」と素っ気無く言われていただけで、何も変わった様子はなかった。
何故、今年に限ってお重に入っているのか。手をつけて良いものなのか悩んでいると、来訪を告げるチャイムが鳴り響いた。
もしかすると、従業員の誰かが忘れ物でもしたのかもしれない。春夜は急いで玄関へと向かう。
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