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「まぁさ、誰しもトラウマとか、これだけは許せないとかいう事の一つや二つはあるもんじゃん。松原だって親のこともあるし、最初は嫌悪してたんだから仕方ないよ。でも今は違うんだろう? 少しは見方が変わったんじゃないのか。彼が過去の話をわざわざしてくれたのも、お前に少しでも理解してもらいたいって、思って話したんじゃないのか」
「……そう思うか?」
「俺はそう思うよ。もしかしたら自分でも踏ん切りが付かなくなっているんじゃないのか。母親が戻って来ないって分かっていても」
斉木は難しいなと言って、ジョッキの底に溜まっていた泡まで飲み干していく。
そろそろお開きになりそうだと、松原は伝票を手に取った。自分の相談がメインになってしまった礼を兼ねて、奢るつもりだった。
「まぁ、一番は本人に聞くことだな」
斉木はそう言って、松原が払うと言って手に取った伝票を取り上げた。
「彼に会いに行け。これもビジネスと一緒なんだ。時間を置いてたら、他に奪われるぞ」
斉木はそう言って、「上手くいったらおごってくれ」と照れくさそうに笑った。
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