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着慣れないラフな格好のまま、春夜は二階へと足を向けた。
ギシギシという床を踏む音。この場所も近いうちに、改装工事が入るかもしれない。潰れる可能性もある。いずれにしろ、永久就職には向かない場所だ。
二階の長い廊下を進み、松原と最初に会った部屋の襖を開けて中に入る。
一月も半ばに差し掛かり、日が短いせいで室内は薄暗い。電気をつけないまま、正面の障子を開く。
窓枠に腰掛けると、一本の通りとなっている界隈を見下ろした。ガラス窓を開けると、冬の凍てつくような風が頬を撫でる。
ポツリポツリとピンク色の光が灯り始め、夜の世界へと色を変えていく。この光景が見れるのもあと少しだ。
常連客にも辞める旨はすでに伝えていて、皆一様に「残念だよ」と言って、悲しげな笑みを浮かべていた。
社交辞令だと分かっていても、そう言ってくれるのは素直に嬉しかった。自分がこの仕事をして辛いことも沢山あったが、最後には報われたような気すらした。
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