120 / 136

120

 ビニール紐で自室の棚にあった書籍をまとめると、春夜は棚の上に乗っている金魚鉢に視線を向けた。  キミヨに預かってほしいと頼んだが「いらないなら、もらった本人に返しな」と一蹴されてしまった。  返すにしても松原に会えば、確実に理由を聞かれてしまうだろう。だからこそ、もう二度と会うつもりはなかった。それでも無責任に、ここに置き去りにしていくこともできない。  悩んだ末、後で店の誰かに譲ろうと決めた。  綺麗な金魚だから見せればきっと、誰かしら貰い手が見つかるはずだ。寂しい気もするが、連れていけないのだからどうしようもなかった。  この部屋で過ごすのも残り僅か。そう思うと感慨深いものが込み上げる。  決意とは裏腹に胸の奥底では、不安や寂しさが燻った。春夜はゆっくりと家主だけがいなくなる部屋を見渡していく。  テレビや棚などの家財道具はそのまま残していくせいか、旅館の一室のようにも見える。  障子の開け放たれた窓からは、ガラス越しに向かいの店の背中が見えた。味気ない古びた木目。昼なのにもかかわらず、日当たりが最高に悪い。  まとめた書籍を店の外に運び出し、ガラス窓の雑巾掛けや畳を拭いたりしていくうちにすっかり日は暮れていた。  時計を見ると午後五時を回っていた。七時から開店なので、まだ時間に余裕がある。  客はもう取らないので着物に着替える必要はなく、それが妙に落ち着かない気分にさせられた。

ともだちにシェアしよう!