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67 その後

「純平さんも敦さんも最近来ませんねぇ。麗さんも……」  ぼんやりとグラスを拭きながら太亮君が呟いた。  ここ数日、太亮君は口癖のようにそう溢す。  あの日──  夜中に肌寒くて目が覚めた俺は、自分の体に掛かっていた純平君のカーディガンに気が付きやらかしてしまったとわかった。  酒の勢いを借りて、自分がフラれるよう本音をぶつけ、挙句に酔いつぶれて眠ってしまった。  ……でもちゃんと覚えてる。  純平君が言ってくれた事。  きっと俺が突き放さずに「抱いてくれ」と言ったら、純平君は戸惑いながらも抱いてくれたと思う。  優しいんだ。  きっと俺の言う事、望む事を全て純平君は聞いてくれ叶えてくれるだろう。  でもわかってる。  どんなに純平君が優しくしてくれても、愛の言葉をかけてくれても、きっと俺は不安になる……信じきる事が出来ないんだ。  俺自身がこんなだから、自分から幸せを壊してしまう。  また辛い思いをする。  させてしまう。  それがわかっていたから、差し出される純平君の手を素直に掴むことができなかった。  純平君を否定したんじゃない。それはちゃんと伝わっただろうか……  俺が自信がないだけなんだ。  酔って眠ってしまった俺に優しくキスをしてくれた。  覚えてる。夢かと思ったけど……きっと違う。  純平君は俺なんかじゃなくて、女の子と恋愛して結婚して、いいお父さんになった方が絶対いい。  俺と一緒に進んでいくのは、君にとっては重たすぎるから。  最後に俺にしてくれた優しいキス。俺にはその記憶だけで十分だ。 「……悠さん?」  ぼんやりとしていた俺に太亮君が声をかける。  顔を向けると、ちょっとだけムスッとした顔で俺の事を睨んでるようにも見えた。 「なに? どうした?」  何か言いたそうに小さく唇を動かすと、意を決したように一度だけ息を吐いた。 「あの! 悠さんはなんであの日、麗さんのマンションにいたんですか?……出てきたの結構朝早い時間……だったし……その……泊まったんですか? もしかして……付き合ってる……とか?」  しどろもどろになりながらも、太亮君は俺の事を睨みながら一生懸命に喋る。 「ん? 付き合ってないよ。麗さんとは意外に付き合い長いんだよね。勿論大事な友人としてね、同志みたいなもんだよ。何?……気になるの?」 「だって、だってあんな時間に女の人の一人暮らしの家にいるのって特別な間柄みたいじゃないですか!」  プンと外方を向いて不機嫌になる太亮君。  麗さんの事をちゃんと女性として見ている物言いに、本人は気がついているのかな。 「なんなら今度麗さん来店した時に聞いてみる?」  揶揄いまじりにそう言うと、大慌てで遠慮しながら事務所へ逃げていってしまった。

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