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97 理由

 俺の姿に気がつくなり慌てて立ち上がった敦は、俺の事が待てないのか慌てた様子でこちらまで走ってきた。 「……敦」  何を話すのか、どんな弁解の言葉を発するのか……そんなことを考えていたけど敦は何も言わずに俺のことをきつく抱きしめた。 「おい!……こんなとこで……離れろよ」  今このフロアに誰もいないとはいえ、いつ誰がそこのエレベーターから出てくるとも限らない。慌てて敦から逃れると持っていた鍵でドアを開け足早に中へと入った。  なだれ込むようにして室内に入ると敦はまた俺を抱きしめキスをする。 「………… 」  俺は熱い抱擁やキスをして欲しいんじゃない。こんなことより先に言うことがあるだろう。付き合うと決めた時から今までの間、連絡もよこさずにいた敦から何か言ってもらいたかった。態度より、ちゃんと言葉が欲しい。  ……俺は寂しかった。  自分から連絡をしてもいいのだろうかと戸惑っていた。  本当に俺たちは付き合っているのかと不安だった。俺は敦にキスをされながらそんなことを考えていた。 「悠さん! 不安にさせてごめん。寂しい思いさせてごめん……」  長い長いキスの後、敦は俺を見つめてそう言った。  ……まだ何も言ってないのに。心の中を読まれていたかのような敦の言葉に、また俺は余計なことを言ってしまった。 「大丈夫だから、そんなことで謝るなよ」  そう、これは思わず出た言葉。別に謝ってほしいわけじゃないんだ。  途端に敦の顔色が曇った。 「悠さん? 俺には素直になっていいから……甘やかしてやるって言ったでしょ? 本当に大丈夫なの? 俺と会えなくて寂しくなかった? そんなことで、って違うだろ?」  まるで子ども扱いだ……  仮にも俺の方が歳上なのに。それでもスッとつかえてたものが転がり落ちるように言葉が溢れた。 「……何で連絡よこさないんだよ。あの女は何? 不安にさせるなよ……」  俺の言葉に敦は満足そうに頷くと「とりあえず中に入ろう」とリビングに向かった。    コーヒーを淹れながら、俺はソファに座る敦を見る。どのくらいの間ドアの前で待ってたのだろうか。ひと言連絡さえくれればもっと急いで帰ってきたのに。  二人分のコーヒーを淹れ、俺も敦の隣に座る。座った途端に敦は俺にもたれて甘えたような仕草を見せた。 「悠さん……疲れた。ふぅ、やっぱりいいね。落ち着く……」  何となく無意識に敦の頭を撫でていたことに気がついて、ちょっと恥ずかしくなり慌てて手を退かした。 「ふふ、いいよ。撫でて。悠さんの事甘やかすって言ったけど、俺も甘えたいもん。はい……」  微笑みながら俺の胸に頭を擦りつけてくる。 「あは……なんだよ、擽ったいって……」  俺は敦の頭を抱え込むようにして抱きしめた。  なんだろう。楽しくて嬉しくて、ふわふわする。 「ごめんね。心配だったよね。知ってると思うけどさ、撮影始まって忙しくなっちゃって」  至近距離で申し訳なさそうな顔をして俺を見つめる敦に俺はゆっくりと頷いた。  わかってる。  謝らなくてもいい…… 「撮影初日にキャストと一緒に食事をしたんだよ。もちろんスタッフもみんな一緒だよ。真雪さん……あ、うちの社長ね。真雪さんだってその場にいたんだ」  敦は俺に寄りかかるようにして座り、敦の体に回された俺の手をそっと包み込むように優しく握る。 「ちょっと席を外して涼んでただけなんだけどな」  どうやら知らない間に勝手にそれっぽく撮られてしまったらしい。先方からは悪びれる様子もなく「話題作りが出来て良かった」などと言われてかなり憤慨して揉めたそうだ。  こういう事はよくあることなのか俺にはわからないけど、とりあえず敦の口からちゃんと聞けたから、もうどうでも良かった。  ちゃんと会って顔を見て話をする。  ただそれだけのことだけど、こんなにも安心してホッと出来る。俺は存外単純なのかもしれないな。

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