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恋初め
教育実習生の名は、水嶋 雫と言った。
そうか「雫」っていうのか。
しずく、シズク、いい名前だしイメージに合っている。
彼は絶対にあの時すれ違った人に間違いない。
俺が小学校の頃……あれもちょうど梅雨の時期だった。連日の雨模様の中、黄色い傘をクルクル回しながらランドセルを背負って家に戻る道すがら、傘もささずに歩いて来る高校生とすれ違った。
夏の制服の白シャツがぐっしょり濡れ肌に張り付いて、なんだか幼心にドキッとしたのを今でも覚えている。
彼の目元は、確かに濡れていた。
あれは雨の雫?それとも涙なのか。
どちらかと言えば、泣いていると思った。
何かとっても悲しいことがあって、泣いていると察した。
だって……それほどに切ない表情を浮かべていたから。
どうしてあんなに綺麗な人が泣かないといけないんだ?
俺だったら沢山笑わしてあげるのに……梅雨空を吹き飛ばすほど明るくさ!
ずっと年上の高校生の彼とはそれからも何度かすれ違ったが、彼はいつも一人ぼっちで、雨の日は紫陽花の傍らに立って濡れていることもあった。
他にすれ違う高校生はもっと明るく賑やかに笑い合っているのに、何故あの人だけはいつも一人で思いつめた顔をしているのか。何て切ないんだ!
すれ違うたびにチラチラと見てみたが、小学生のガキなんて目に入らないようで素通りされた。まぁ背丈があまりにも違うから、そもそも視界に入らなかったのだろう。
くそっ、早く大きくなりたい!
お兄さんのことを見下ろす程成長して、流す涙を俺が拭いてあげたい!
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やがて中学生になり同級生と『初恋』について話し合う機会があった。
「なぁ黒崎の初恋っていつ?」」
「え?それより初恋って、どんな感じ?」
「そりゃ寝ても覚めてもその人のことを考えて、胸がギュッて切なくなるやつさ」
「あぁそれならもうとっくに体験済みだ!」
紫陽花の横を、泣きながら通り過ぎて行った高校生のお兄さん。
雨にぐっしょり濡れて……心まで濡れていた人のことが、ずっと忘れられない。
気になってしょうがない。
これってさ……俺にとってはまさに『初恋』だよな。
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