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恋を始める
日中は薄曇りだったのに、夕方になるとまるで梅雨の終わりを告げるような雷雨になった。だから傘をさして出かけていたのに、塾が終わる頃にはすっかりやんでいた。
雨上がりの道には冴えた月が浮かび、明日から季節が変わるような予感に辺りが満ちていた。
俺の家は高校を通り越した先なので枯れ始めた紫陽花が咲く通学路を歩いていると、右手のマンションの入り口から急に男が飛び出しドンっとぶつかって来た。
「うっ誰だよっ!痛いなっ」
「すっすまない」
顔を上げてギョッとした。ぶつかって来た男はなんと笠井先生じゃないか。駅とは逆のこんな場所で会うなんて初めてだし、妙に焦っていて変な雰囲気だった。
「あれっ笠井先生?」
「あぁ黒崎か」
「こんな時間にどうしたんですか」
「なっ何でもない。また明日な」
おいおい何焦ってんだよ。それに何でこんな所から出て来たんだ?怪訝に思い……先生が去った後に一歩後退してマンションを仰ぎ見た。
このマンションって、いつ建ったっけ。確かワンルームで一人暮らしの社会人や学生さんが多く住んでいるんだよな。すると突然、窓がガラッと開く音が頭上でしたので見上げると、マンションの三階の窓辺に水嶋先生が立っていた。
先生はいつものように悩ましい表情じゃなくて、すっきりした顔をしていた。だから「何か吹っ切れたのか」と聞くと、水嶋先生は少し考え込んでから微笑みを浮かべてくれた。
先生の笑顔初めて見たよ。おいっ可愛いな!
「……梅雨が明けたんだよ」
その一言で察した。
笠井先生への想いをようやく吹っ切れたんだと。
笠井先生の方から水嶋先生の家を訪ねたに違いない。二人の間に何があったのかは分からない。先日校庭で俺が水嶋先生に告白している時、笠井先生が俺たちのことをチラチラと見ていたのを思い出した。
もしかして俺が刺激してしまったのか。それで急にここに押し掛けたのか。何もされなかったか!と問い詰めたい気分だったが、水嶋先生の吹っ切れた顔を見たらそれは無粋だと思った。
梅雨が明けたのなら……先生はきっと来る!
俺との恋を始めに、やってくる!
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