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恋の成就

「あっ……そこは駄目だ」  胸に手を這わすと、先生は、はっとした表情で突然躰を強張らせた。その理由は分かっている。 「怖がるな。大丈夫だから」 「だが……僕は胸に……醜い傷痕が」  悲しいことを言う唇は、俺の唇で塞いでやる。 「醜いなんて言うな。大丈夫だ!先生の全てが好きだから」 「うっ……」  指先で胸の小さな突起を転がしてやると、先生は頬を上気させ気持ち良さそうな吐息を静かに漏らした。  俺は男を抱くのは初めてだが、先生に痛い思いをさせたくないから必死にネットで勉強した。上手く出来るか分からないがとにかく先生に気持ち良くなって欲しいと必死だ。  浴衣はどんどん着崩れていく。  先生が乱れていくのに呼応するように、浴衣がはだけていくのが官能的だった。先生の喉仏……鎖骨……肩……胸元……少しづつ肌色が増えて裸に近づいていくのが強烈な色香だ。俺の心臓もバクバクしている。  先生は滅茶苦茶……色っぽい。  部屋の照明は消して、港の灯だけを頼りに先生を抱く。 「もう全部脱がしていい?」  先生は無言で頷いてくれた。最後に帯を解くと、はらりと紫陽花柄の浴衣がホテルのふかふかの絨毯の上に舞い落ちた。すかさず下着も降ろしてやった。 「あっ」  まるで抜け殻のようだな。もう先生は何も纏っていない真っ裸の状態だ。 「先生、全部さらけ出せよ。俺が全部受け止めてやるから」  そのままベッドに押し倒し仰向けに寝かした。白いシーツの上に横たわる先生は清らかな姿だった。綺麗な躰つきなんだな。ずっとずっと見たかった艶めかしい裸体を前にして、俺の股間はもうギチギチで痛さで泣ける程だ。  でも焦るものか!  俺は本能的な動きで先生の躰中を舌で舐めまわした。マーキングする犬みたいだなと自分で苦笑してしまったが止まらない!  先生は特に胸の辺りが弱いようで、乳首を舐めたり甘噛みすると腰が跳ね、肌もどんどん火照って来た。へぇ……いい表情をするんだな。感じてるのか……俺の愛撫を素直に受け止め感てくれることが嬉しくて、つい執拗に責めてしまった。 「あっ……黒崎っもう……しつこい」 「雫……俺のこと日向って呼べよ。俺のこと好き?」  『先生』から『俺の雫』に変化し、生まれ変わっていく。  すると雫からも信じられない程嬉しい言葉をもらった。7 「……僕も日向のことが好きだ。生きていることが嬉しくなるほどにな!」  雫の心臓近くの手術痕にそっと指先で触れ、その傷痕を辿るようにゆっくりと舌を這わせた。心臓の鼓動を感じながら味わうと切ない味がした。高校生の時の頑なだった先生の心が、まだそこに残っているようだった。同時に先生が今、生きていることへの感謝が込み上げてくる。 「俺の初恋が実って嬉しいよ。先生が生きていてくれて嬉しいよ」  俺なんかが想像できない恐怖と雫はひとりで戦ってきた。怖くて笠井先生に縋りたくなった気持ちも、今となっては少しは分かる。  だけどもう絶対に渡さない。  雫は俺と生きて行く。  俺は雫と生きて行く。  やがて……深い結合と共に溢れる情熱。  シーツに迸る飛沫。 「日向は……ひなたのにおいがするな」  二人で片方のベッドのシーツがぐしゃぐしゃになる程激しく抱き合った後、雫が耳元で甘く囁いてくれた。 「先生は雨の匂いがしていたよ。ずっと……」 「そうか……今もするか」 「今はどうだろ?」  クンクンと先生の胸元に顔を埋めると、くすぐったそうに身を捩った。すごく可愛いからまたギュッと抱きしめた。 「雫から俺の匂いがする」 「日向と……とうとう一つになった証だ」 「後悔してない?」 「後悔なんて……僕は幸せだ。手術をして良かった。お前と出逢うためだったんだな。ずっと傘をさして誰かを待っているような気分だったのは……」 「梅雨空の向こう側だよ。俺たちが歩む道は」 「そうだな……まだこの先いろいろあると思うが、僕は日向と一緒なら、どんな困難も乗り越えていけそうだ」  雫は俺との恋を『夜明けの恋』と呼んだ。  どんなに苦しいことがあっても、悲しいことがあっても明けない夜はないと。  だからこれからも……いつだって明るい夜明けを求めていこう。 「雫と俺はずっと一緒だ」 「うん」  俺たちの恋の成就を、お互いの口づけで感謝した。 『僕たちの恋の始まりも早かった。』了

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