1 / 22
第1話
「皐月 、双子座の今日のラッキーアイテムは、虫だって。」
「虫?なっちゃん何それ。」
「テレビでそう言ってたよ。」
なっちゃんこと菜月 が、ベッドに寝そべりながら、テレビを眺めている。どうやら、今は情報番組で占いコーナーをやっているみたいだ。
僕は、ベッドの下に敷いた布団を畳みながら、返事をする。
彼女は僕の双子の姉であり、顔は僕が丸顔で、彼女が面長と輪郭は違うけど、目と鼻がそっくりだと小さい頃からよく言われている。
だけど、性格は真逆だ。彼女は好奇心旺盛で新しもの好きな活発なタイプ。一方僕は、内向的で、受動的なタイプであり、僕が聴く音楽は彼女から教えてもらったものばかりだ。
現在、僕は大学職員に就職したのと同時に千葉の地元から出て、東京で一人暮らしをしているが、彼女は千葉の地元で大学生をしており、(一浪&留年中)都内で遊んだときのホテルがわりとして僕の家に時々泊まりに来ている。
昨日は、都内の友達と呑んで、そのまま僕の家に泊まり、今日は、夕方から2.5次元舞台系役者の握手会があるらしく、今夜も僕の家に泊まる予定だ。
「じゃあ、なっちゃんよかったね。今してるピアスって蝶でしょ?」
「おー。ホントだぁ。皐月はなんかないかなー。虫が描いてあるネクタイとか持ってないの?あたしのピアス片方持ってく?」
「別にいいよ、僕の事は。気持ちだけもらっとくよ。」
「そお?あたしばっかいいことあってもつまんないじゃん。皐月にもいいことあった方がいいよ。」
「ありがとう。あ、そろそろ行かないと。ごめんね、戸締まりお願いね。」
僕は、時間を確認し慌ててバッグを手に持った。
「了解。そうそう皐月、今夜は、あたしイベ友の家に泊まるから、せっかくの金曜日の夜なんだし、女の子連れ込んじゃっても大丈夫だよ。」
「そんな相手いないよ。じゃあね。」
「いってらっしゃーい。」
陽気ななっちゃんの声を背中に浴びながら、僕は家を出た。
虫かぁ。
駅に向かう途中、紫陽花の葉に1匹の小さなかたつむりが止まっているのが目に止まり、なっちゃんの言葉を思い出した。
占いなんてそんなに信じていないけど、虫を見るたび今日はなんだか気になってしまいそうだ。
ふと空を見上げると起きたばかりの時は晴れていた空だったけど、徐々に薄暗い雲が太陽を覆っていくのが見えた。
降水確率は、60%。
占いよりは、天気予報の方が信用できそうだ。
僕は、バッグの中の折り畳み傘を確認すると電車に飛び乗った。
トゥル。トゥルー。
事務所の電話が鳴り、僕は受話器を取った。
「はい。学生課名取です。」
『おはようございます。日野キャンパスの白坂です。名取さん、与座 さんいらっしゃいますか?』
耳心地のいい少し低い声が、耳から体内へと染みて行く。
彼は、同じ大学の他のキャンパスの学生課の職員だけど、面識はない。
「おはようございます。与座さん、ちょうど席はずしてまして…。』
「そうですか。少ししたら、また改めます。あ、名取さん声戻ったんですね。先週声掠れてたから体調大丈夫かな?って、思ってたんです。」
「は…はい。お気遣いありがとうございます。一昨日1日お休み頂いたので今は、だいたい大丈夫です。」
『それは良かった。最近気温差あるから風邪ぶり返さないように気を付けてくださいね。』
「はい。白坂さんも気を付けてください。」
電話の向こうには、見えないけど、僕は笑顔で言葉を返した。電話のやり取りしかしたことないけど、こうやって気遣ってもらえるのが本当に嬉しい。
「お、白坂から電話か?」
いつの間に戻ってきたのか与座さんが、僕の肩を叩いた。
「はい。あの、白坂さん、与座さん戻ってきたので代わります。」
『ありがとうございます。』
僕は、電話機の保留ボタンを一旦押し、
「与座さん、電話お願いします。」
「わかった。」
与座さんに電話を取り次いだ。
今、僕は、与座さんの隣でパソコン画面を凝視しながら悶えそうになる気持ちを抑えるのに必死だ。
いつ聞いても白坂さんの声は、SAKUさんの声に似ているし、しかも今日は体調まで気遣ってもらってしまうなんて朝から幸せだ。
因みにSAKUさんと言うのは、約3年前に解散したバンドLOOPofLOOSE のドラムであり、リーダーだった人の事である。
僕は、当時彼に男として憧れていた。きっかけは、高校時代になっちゃんにたまたま友達がこれなくなってチケットが余ったからと行ったライブだった。
一曲目のイントロのドラムの音で耳が奪われて、暗転からスポットライトが当たった瞬間、今度は彼の容姿に目が奪われた。
背が高くがっしりとした体格、切れ長で鋭い目元、すっと通った鼻筋が本当に男前で、Tシャツから伸びた長くて太い腕や肩まで伸びたパーマがかった髪を揺らしながら演奏する様や、自在にスティックを操る姿は、男性フェロモン駄々漏れなのである。
もちろんバンド自体の曲も好きだったけど、知れば知るほど彼は小柄で男らしさの欠片もない僕にとってなりたい理想の大人の男性像になっていった。(握手会やファンクラブイベントは恥ずかしいから行かなかったけど、ライブは、関西や東北までなら観に行った。)
解散後は、好きな気持ちが強かった分その反動で喪失感が強くて、曲すら全く聴かなくなったし、SAKUさんの事を思い出すこともなかった。
だけど、ここに就職して初めて取った電話が白坂さんからの電話で、声を聞いた瞬間一瞬であの頃の気持ちが蘇ってしまった。それ以来白坂さんから電話を取るかとらないかで僕の1日の気分を左右するくらいになってしまった。
与座さんは、ここの前は、白坂さんがいるキャンバスにいたらしく、彼とは、半年くらい一緒に働いていたらしいけど、僕は、今のまま彼の顔を知らないままでいいと思っている。だってさ。あまりにも想像していたイメージと違いすぎる人だったら、ショックだし、仕事場に来る楽しみがなくなってしまうのは嫌だしね。
「おい、名取。パソコンの画面見たまま固まっているけど、大丈夫か?」
「は、はい!!すみません。大丈夫です。」
いきなり隣の席の与座さんに肩を叩かれ、僕はびくっと肩を跳ねさせた。
「ホント大丈夫かよ。まだ体調悪いなら早退するか?」
「大丈夫です。すみません。あの、先程頼まれた書類の修正できたので、確認お願いします。」
「おう。それは後で確認するけどさ。そうだ。マジで体調なんともないなら、お前さ今晩きてくんない?」
「大丈夫ですけど、えーと、どこにですか?」
「合コンだよ。場所は新宿な。俺が幹事で今日合コンすんだけど、1人足んなくてさ。彼女が一度もできたことがないって、前に言ってただろ?相手は他キャンパスの職員だから気楽に構えてくれればいいしさ。」
「あの、他キャンバスって日野キャンバスの方ですか?」
「違う違う。荻窪キャンバス。日野は、男側で室町が来る予定。お前室町は知ってるよな?色黒でお前よりちょい背が高いくらいでさ。」
「はい。室町さんって色黒のイケメンで楽しい方ですよね?」
「イケメン?まあ、いちおうイケメンか。面識あるならよかった。人見知り発揮されて女だけでなく男にも緊張されたら困るからさ。」
「だ、大丈夫ですよ、多分…。」
言われると色んな意味で緊張してくるじゃないですか!?
「多分?まあ、いっか。今晩はよろしくな。」
「よろしくお願いします。」
僕は、いつになく明るく答え、与座さんに頭を下げた。
とうとうこの時間が来てしまった。
仕事が終わると僕と与座さんは急いで本日の会場である新宿に向かった。
場所は、創作和風居酒屋らしいけど、人が多すぎて、お酒に酔う前に人に酔ってしまいそうだ。
「席は、女性陣と男性陣で交互に座るぞ。」
「は、はい。」
「もう緊張してんの?場所はただの居酒屋だから、んな緊張すんなよ。いい出会いがあるといいな。」
与座さんは、僕の肩に腕を回した。白い半袖のシャツから伸びた腕毛がファサファサ靡く。
なんだか与座さんの腕毛を見てたら、気持ちが和んだような気がする。
「はい。そうだといいんですけど…。」
「がはは。フォローすっから気楽に行こうさ。おっと会場はここの2階な。」
与座さんに先導されるまま僕は雑居ビルの2階へと階段を上っていく。
そして、店に入ると店員さんに案内されるまま靴を脱いで奥の個室の掘りごたつ席に向かい、襖を開けた。
室内は、4人掛けの四角いテーブルがふたつあり、間接照明が和風で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「与座さん、名取くんおつー。」
奥のテーブルの傍に室町さんの姿が見えた。彼は、ジャケットをハンガーに掛けているところだったが、僕たちに気づき、すぐに反応を返してくれた。
「室町さん、お疲れ様です。」
「室町、お疲れサマンサ。まだお前だけ?」
「いいえ。あいつは、今トイレ。」
あいつ?もうひとり男性がいたんだ。てっきり3対3だと思ってたんだけど、4対4だったのかな?
「そっか。とりあえず俺と名取はこっち側に座っとくか。名取、こっちな。」
僕は、与座さんに先導されるままテーブルを挟んで室町さんの斜め向かい側の席に腰をおろした。
「あの、与座さんと室町さん、すみません。あいつってどなたなんですか?」
「あれ?与座さん言ってないんすか?」
「ああ。忘れてた。肝心なのはヤローより女だろ?日野のやつだから多分お前も会ったことあるよ。悪いやつじゃないから大丈夫。大丈夫。気にすんなさ。ガハハ」
与座さんが豪快な笑い声でごまかす。
確かに肝心なのは女性陣だけど、最後のひとりってなるとなんだか妙に気になるのが人間の心理だ。
僕は、頭の中で飲み会で会ったことのある日野キャンパスの職員さんの名前を反芻する。この間飲み会に来てたのは、佐藤さんと田中さんでしょ。室町さんもイケメンだったけど佐藤さんと田中さんも背が高くてスラッとしてて雰囲気イケメンだったなぁ。日野はイケメンさんが多いなぁとぼんやり考えていると、
襖が、ツツーと開けられた。
ともだちにシェアしよう!