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第1話 ※
「雨の日ってえろいよな」
マンションのエントランスで傘の滴を落としていた俺は、飴村 の言葉に顔を上げた。傘をなくす天才の飴村を雨が止むまで部屋に上げるのがすっかり習慣になった、高校一年の梅雨のことだ。
大人びた容姿をしたクラスメートの飴村を、当時の俺は過大評価していたので、飴村のそんな言葉にも、ちょっと見栄を張るような気持ちで、「わかる気がする」と言ってしまった。思えばそれが運の尽きだったのだが――当時の俺に、そんなことは知る由もなかった。
「へえ」
俺の言葉に、飴村が長身を折り曲げて瞳を覗き込んできた。見返した瞳が飴色をしていて、名前の通りだと思ったことを、今でもはっきり覚えている。
それからわずか数十分後。俺はなぜか飴村にちんこを握られることになってしまったし、俺もなぜか、飴村のちんこを握ることになってしまった。
あの後、部屋に上げた飴村がいつもの淡々とした調子で「普段どんなの使うんだ?」と訊いてきて、飴村の態度に流されるまま答えるうちに、飴村の言うところの「普通」である「友達同士のAV鑑賞会」をすることになり、どうしてかそういうことになってしまった。
馴染んだ自室のベッドの上。こみ上げた射精感をやり過ごすと、飴村がふっと息を零した。
「安宿 ……手、止まってる」
聞いたことのない声だった。俺の中の「普通」では、友人が聞くことなどないような声。腰のあたりがざわっとする。
止まっていた手の動きを再開すると、目の前で飴村が切羽詰まったみたいに眉を寄せて、その顔が胸のあたりを揺らしたけれど、俺自身にもよくわからなかったくらい、揺らぎはかすかなものだった。
(……すごいな)
彼女ができたことはなかったし、高校は男子校。経験のない俺には、飴村の手も、声も、吐息も、表情も、何もかも刺激が強すぎて、油断するとすぐ手が止まってしまった。そんな俺とは反対に、飴村は余裕すぎて怖かった。さすが「普通」と言い放っただけのことはある。慣れているのだ。そう思うと、今度は胸がかすかに痛んだ。
「……仕方ないな」
笑ったような吐息に、また手が止まっていたことに気がついた。慌てて再開したというのに、俺のちんこを握る飴村の指の動きが速まった。
「……っ、待っ……飴村、それ……っ」
力の入らない手で飴村の手を止めようとしたのだが、のしかかられて倒れてしまった。ぼすんとベッドが大きく沈んで、飴村の指がちんこを離れた。ほっとする。
息をついて身体を起こそうとしたところを、ひっくり返されて俺は焦った。飴村の手が腰を持ち上げて、もう片方の手が背中を押さえる。……なんかちょっとおかしくないか?
「飴村、ちょっ……」
「足だけ……貸して」
背後から掠れた声で言われて、快感めいたものが首筋を走った。どういうことだと訊ねる前に、硬いものが太股の間に潜り込んできた。
「――ひぁっ!」
馴染みのない感触(当たり前だ)に声を上げると、「すげえ声」と飴村が笑った。むかっとした。
「うるさ……んっ!」
文句を言いたかったのに、漏れ出た吐息が消してしまった。
(……なんだこれ)
ひっくり返されていてよかったと思いながら、変な声が出ないように、必死の思いで口を結んだ。気持ちよかった。太股の間を行き来する飴村のちんこに、ついでのように擦られるのが。
最初は、ずっとされていてもいいくらい気持ちがいいと思ったのに、飴村の動きが速くなって、その息が荒くなっていくうちに、もどかしさの方が勝っていった。他人の太股で満遍なく刺激を受けている飴村と違って、俺のそれは、飴村のちんこが触れたり触れなかったりする刺激しかない。片手で身体を支えながら、もう片方の手をちんこに伸ばす。少し体勢が苦しかったけれど、待ちわびた刺激の前では些細なことでしかなかった。
「は、ぁ……」
安堵のような吐息が漏れると、気がついたらしい飴村が手を伸ばしてきて、俺の手を包むように指を絡めると、遠慮のない強さと速さで俺のものを刺激してきた。
「あ、あ……っ、あ!」
閉じた目の奥がちかちかする。こみ上げる射精感をもう少し、もう少しと堪えていると、苦しそうな息が背後から聞こえて、飴村が低く掠れた声で「……出そう」と言った。
「俺……ひぁっ、あ!」
俺もそうだと言うつもりだったのに、せき止め続けていたそれは、あと一歩のところで暴発してしまった。びくびくと大きく震えると、低く呻いた飴村が動きを止めた。俯いた頬まで飛んできたそれが自分のものなのか飴村のものなのかもよくわからないまま、長い余韻を、味わいたくて目を閉じた。
「またしようぜ」
と飴村が言って、傘を差さなくていいくらいの小雨の中を帰っていった。すっきりして不必要に思考がはっきりしていた俺は、この時には「飴村の普通はおかしい」とはっきり認識していたけれど、突っぱねたりはしなかった。気持ちよすぎたからだ。飴村の出て行った玄関扉を見つめたまま、普通とかどうでもいいよなと、性欲に負けているくせに悟ったようなことを思った。
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