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~エピローグ~
「……………で、どの病院にも行ってないって?」
「………ああ、車は道端に乗り捨てられているのが見つかったらしいけど、2人は見つからず………らしい」
「…見つからず……じゃないよ。車が見つかったんだからそこら辺にいるはずだろ…特に優紀はあんな深手を負っているんだから…」
「…確かに…車の助手席は血溜まりが凄かったらしいから………あの出血じゃ……もしかしたら…もう……」
「………んなわけ、ないだろっ!!」
それまで椅子に座っていた彼は机を両手で思い切り叩き、立ち上がった。
部屋の中を忙しなく歩き回り、その間も親指の爪を無意識に噛んでいる。
いつも感情を見せない彼にしては珍しく、苛ついているらしい。
(………ま、それもしようがないか…ようやく手に入ると思った獲物が消えたんだから)
「保は心配じゃないのかっ!?」
彼は寝不足の血走った目でソファーに悠然と座っているボクを睨み付けて怒鳴る。
「…そういえば…前に優紀がいなくなればいいと言っていたらしいな…」
「…誰が言ったか知らないけどデマに決まっているだろう…大体、そんな事を思っていたら信司の代わりにするわけないと思わないか?」
ボクはソファーに座ったまま、肩をすくめて彼に告げる。
彼も本気でそんな事を信じていたわけじゃないらしく、すぐにボクから目を反らした。
(…誰だよ、そんな事を言ったヤツ)
彼の言葉に内心、ギクリとしたボクは心の中で舌打ちする。
………そう、確かに。
消えてくれたらいいのに。
そう思っていたのは事実だけど、本当に消えてしまうなんて。
それはボクにとっても計算外…想定外だった。
彼は2人を血眼になって捜しているみたいだけど、ボクは2人を探すつもりはなかった。
彼の手前、捜す振りをしているだけ。
それどころか、2人がこのまま見つからなければいいとさえ思っている。
そしたら-。
(彼の全てはボクのモノ………)
全てはその為に。
その為に大切な玩具2人を手放したのだから。
(…でも、それで彼が手に入るのなら安いものだけどね)
ボクはイライラして部屋の中を歩き回っている彼を見詰める…もちろん、彼に気づかれないように。
(…やっぱり、本物はいいな)
一時は彼を諦めて、優紀を彼の代わりにしようかと思った時もあったけど。
兄弟だからだろうか…その横顔は驚くほど優紀に似ている。
…信司がボクの机の上に置いていた写真を見付けた時、優紀と間違ったのも無理はない。
(性格は正反対だけど…)
だが、その性格すら…ボクにとっては彼の総てが愛しい。
しかし、彼は自分とそっくりな顔をして性格は正反対な自分の兄である優紀に異様な程、執着していた。
それはボクでさえ引くほどで………。
だが、その事に誰も気づかない。
彼は周りにいる誰にも…優紀はもちろん、両親にも気づかれないよう細心の注意を払い、巨大な猫を被っている。
気づいているのはボクだけ。
ボクだけが彼の事を分かってあげられる。
それなのに。
優紀が彼の側にいる限り、彼はボクを見る事はない。
優紀がいなくなれば彼はボクを見てくれるだろう…たぶん。
優紀さえいなくなれば………きっと。
何度、そう思ったことか。
“眞司の代わりにお兄さんの玩具になる”
そう優紀が言ってきた時は何の皮肉かと思ったけど。
これはチャンスだと思った。
彼にボクという存在を気づかせるチャンス。
優紀の主人になれば………。
彼は優紀の主人になるボクを無視する事はできない。
そう思っていた通り。
優紀の主人になったボクに彼は話しかけてきた。
しばらくはボクもそれで満足していたし、優紀の一途さにほだされてそうにもなったが。
-足りない。
もっと。
-話したい。
もっと。
-近くにいたい。
もっと。
-触りたい。
もっと、もっと、もっと…。
結果。
2人はいなくなり。
………ただ。
優紀が刺されて大怪我をした事だけが誤算であり、計算ミスだった。
まさか雅樹がナイフで眞司を刺そうとするなんて。
(馬鹿な事を………)
雅樹が優紀を刺して大怪我させた事に怒り狂った彼は、自分の配下に雅樹を襲わせた。
-今頃は自分が昔、顎でこき使って酷い事をしていた元取り巻き達に自分が昔、彼等にした事と同じ事をされているだろう。
(………ボクも気をつけないと)
優紀が大怪我した事は誤算だったが、その原因を作ったのがボクだと彼に知れたら………。
考えただけで背筋が凍る。
-だけど。
彼がその瞳でボクを見て、その手でボクを罰してくれるのなら。
それもいいかもしれない。
「絶対、草の根分けても探し出せっ!!」
………とりあえず。
彼は優紀を諦めるつもりはないらしいみたいだけど。
ボクとしては。
ずっと見つからないでいてほしい。
そして。
願わくば、2人で普通の幸せを。
今までの分も。
贖罪を込めてそう思う。
だから。
彼には教えない。
昨日、ボク宛てに葉書が1枚、来た事を。
その葉書は白紙で何も書かれてなかった。
差出人さえも。
でも、ボクにはそれだけで充分だった。
その葉書はシュレッダーにかけて、もうボクの手元にはない。
………もしかしたら、ボクの思い違いかもしれない。
どこかのおっちょこちょいが間違って出したのかも…。
(でも、この現代に手紙なんて………)
勘違いなら勘違いでもいい。
ボクが勝手に想像するだけだから。
ボクは一瞬だけ視線を窓の外、抜けるような青空を見詰めた後、ソファーから立ち上がった。
見付けるつもりのない彼等を捜しに行く為に-。
《完》
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