36 / 37

第35話

多分、俺は血走った目で鬼気迫る顔をしていたと思う。 なぜなら。 車の側にいた男性は俺が近付くと、転がるようにというか、這うように走って逃げていく。 乗り込もうとしていて開けた車のドアもそのままに。 だから。 俺は簡単に車に乗り込む事ができた。 助手席に、俺の腕の中でぐったりしている優紀をそっと座らせて、しっかりとシートベルトを締める。 優紀の顔色は血の気がなくて白く、目を閉じている顔は息をしているのか疑うほどだが、胸が微かに動いている。 (………大丈夫) ………優紀は、大丈夫。 俺は自分に言い聞かせるように何度も胸の中で呟き、車に乗り込むと、ハンドルを握ろうとして。 自分の指が震えている事に気が付く。 (…しっかりしろ!!) 俺がしっかりしなくてどうする!! 俺は自分を叱咤し、前を向く。 そして。 焦る気持ちを落ち着けるように深呼吸をすると、アクセルを踏んだ。 (………優紀は大丈夫) 車はスピードを上げて走り出す。 俺は前だけを見て、アクセルを踏む。 (…優紀は絶対、大丈夫) -だって。 これからじゃないか。 やっと、自由を手に入れて。 マンションを出て。 これから二人で始めようとしてたのに。 これから二人で始めるはずだったのに。 こんなところで終わるはずない。 こんなところで終わらせない。 終わらせてたまるか!! (優紀の事は…俺が絶対、助ける) 俺は頑なに前だけを向いて、アクセルを踏み続けた。 ……………………………………………………。 ………………………………………。 …………………………。 ……………。 …。

ともだちにシェアしよう!