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第5話

葵生を俺の家に連れ帰って、風呂を使わせて着替えをさせる。 人心地つけば、少しはましになるかと思ったけれど、ずっと顔色は悪いし震えてるし、何もしゃべろうとはしない。 露木のあの騒がしさは、こうなった時の葵生の緩衝材でもあったんだな、と思う。 さて、どうしたもんかな。 俺もひと風呂浴びて、部屋着に着替えて部屋に戻ったら、葵生はさっきのままだった。 冷蔵庫から缶ビールを出して、目の前においてやる。 ふるふると、小さく首が振られた。 「そ。あ、一本吸わせてもらうな」 ビールはそのまま置いておいて、俺は定位置でタバコに火をつける。 「いつの間に?」 「ん? タバコか? 営業出てて、手持無沙汰で、先輩の真似して吸ってみたら、なんとなくそのまま癖になってるなぁ」 「なんか、違和感ないな」 「そうか?」 「ああ。違和感ない……なさ過ぎて、遠くまで来ちゃったなって、なんか……」 ほたほたと、葵生の目から水がおちる。 泣いてるというよりも、見開いたままの目から、壊れた水道みたいにほたほたと。 涙をこぼす葵生をそのままに、俺はくわえタバコで玄関に向かう。 呼び鈴が鳴るより前に、扉をあけたら、案の定そこに露木がいた。 まだ学生の露木はカジュアルな格好で、ビジネスバッグとスーツの上着を抱え、息を切らせて真っ青な顔でそこに立っていた。 「な、なるなる……どうしよう……」 「あん?」 「オレ……ちがう、きいちゃんが……だって、オレ……」 こういう時。 俺は自分がもっと察しが悪かったらよかったのに、と思う。 「武士の情けだ、玄関には入れてやる。そこで正座」 「はい?」 ふーっと煙を吐き出して、俺は露木を部屋に入れると、鍵をかけた。 顔に吹きかけなかったんだから、我慢してると思うんだ。 荷物を取り上げて、上がり框に正座させる。 「いや、なるなる、それどこじゃなくて……」 「葵生は俺が保護してる。お前、何やった?」 「マジで?! きいちゃん、無事? ここにいんの?!」 勢いよく立ち上がろうとする太ももを踏みつけて、露木を止める。 ふざけんなよお前。 「誰が会わせるつったよ。お前はそこで正座」 「謝るだけ! 謝るだけだから!!」 「正座しろっつってんだよ!」 「なるなる!」 「露木!!」 踏みつける足に力を入れ、荷物を投げ捨てて右手で顔を掴んだ。 「今のお前に、会わせられるわけがねえだろうがよ。なにやってんだお前?」 ギリギリと顔を掴む手に力を入れる。 露木が諦めたように、力を抜いた。 へたりと座り込む。 背後で足音がした。 気がついた葵生が、自分から出てきたのだろう。 「隼……」 「きいちゃん……オレ……」 「今まで、ありがとう。でも、おれはやっぱり、隼の気持ちには応えられない。だから、もう、会わない」 最後に三人で会ったあの梅雨の夜。 葵生はついに、露木に引導を渡した。 やっと。

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