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ネコ-1-

 人間というのは予想外の出来事に出喰わすと、パニックからか思考が停止する。  そして暫くして思考が戻り、その後に感情が戻る。  一般的には……な。  だが、パニックの後遺症なのか、何も思わない。  ただ単純に訳が分からない。 「何だ?」  俺の一言にベッドの上の二人は身体を震わせた。  元ヤンキーだと知りはしないだろうが、一度染み付いた物が綺麗さっぱり消える事はない。  金髪から茶髪へ変えようが、おしゃれなのか自己主張なのか分からないゴテゴテしたアクセサリー類を外そうが、センスを疑いたくなるヤンキー服を止めようが、言葉よりも拳で会話する人間の剣呑さが滲み出ているのだろう。  俺が怒り狂って暴れるのを危惧した女は必死になって「違うの」と繰り返す。  ベッドの上で男と女が裸でいて何が違うと言うんだ?  苦し過ぎるだろう。  あまりにも状況が間抜け過ぎて、怒る気にもならねぇ。  俺は盛大な溜息を吐き。 「邪魔したな」  そう言って玄関ドアを閉めた。  ドアの向こうから女が何か叫んでいるが、何つーかもうどうでもいい。  女を寝取られた間抜けは去るのみだ。  エレベーターを待つのもかったるいので、十二月の身を切るような冷風が吹き荒む階段を使い一階へ向かった。  女と付き合いだしたのは三ヶ月前。友人の紹介でだった。  お互い社会人の為、会えるのは週末のみ。可もなく不可もなく、友達の延長のような付き合いだった。  これまで付き合ってきた女達とは違い、無理も我が侭も言わず、俺としては居心地の良い存在。  だから、普段かまってやれない侘びも兼ねて以前より女が欲しがっていた指輪をクリスマスプレゼントとして用意していた。  俺の仕事は不定時な為、今日も何時に終わるか分からないからとクリスマスは次の日曜日にする約束をしていた。だが、思っていたよりも早く仕事が終わり、プレゼントだけでも当日に渡したら喜ぶかもしれないと考え、女の住むマンションへ向かい浮気現場に遭遇したと言う訳だ。  何とも滑稽だ。  今日が初めてか、それとも前からなのか知らないが、正直もうどうでもいい。  気の強い美人で胸も大きくかなり好きだったが、裏切られたと分かった瞬間に全て冷めた。  しらけた。  このまま家に帰るのもなんだ。  誰か適当な奴を呼び出して飲みに行くか。  そう決めると駅に向かい歩き出し、ズボンのポケットから携帯を取り出して着信履歴で一番新しい番号を表示させるが、その番号の主である親友の白神ガミは本日人生初の恋人と過ごすクリスマスだと無駄に浮かれはしゃいでいたのを思い出した。  呼び出すどころか電話するのも気が引ける。  他に誰かいないかとアドレス帳を表示し、適当な奴にかけると、数コール後に妙にテンション高めの声が出た。 『もしもーし。ぼくマッキー。きみはだーれ?』  誰って。俺の名前はちゃんと表示されてんだろうが。 「酔ってんのか?」 『酔ってましぇーん。ぼくは全然酔ってましぇーん』  酔っ払いというのはどうして酔っていない主張をするんだ?  クソ。面倒臭いな。 「邪魔したな」  それだけ告げてすぐさま切る。  酔っ払いとの会話なんて時間の無駄でしかない。  シラフで相手など出来るか。  再びアドレスから独り身で酔い潰れていなさそうな奴にかける。  暫くして高校時代の舎弟である三田(みた)が出た。 『もしもし。恭路(ゆきじ)さん。どうかしましたか?』 「お前、今、何処?」 『駅のホームっす』 「帰宅途中か?」 『いや、これからピンクなとこ行こうかと思って』  風俗かよ。 『良かったら恭路さんも一緒にどうです?』 「あー……」  先程の光景が思い出され、そんな気にはなれない。 「俺は…今日は女はいいや」 『そっすか。で、恭路さんの用って何すか?』 「何でもねぇ。じゃあな」  三田は何か言いかけていたが、そのまま携帯を切った。  今日はクリスマスだ。  目付きの悪い野郎と顔を突き合わせて酒を飲むより、可愛い女の子に色々致された方が良い。  頑張って気持ち良くなって来い。  寒空の下、どうでもいいようなエールを送りつつ、別の番号にかけ直しながら駅に向かうのにショートカットとなる公園へ入る。  何度コールしても出ない相手に舌打ちし、別の番号へかけながら、電灯に照らされた薄暗い道を歩き進めると、光の当たらない茂みや木陰に人影が見え隠れする。  このクソ寒い中よくやるな。  俺が今いる公園は、地元では有名なハッテン場だ。  夜になると出会いを求めて男女問わずやって来る。  一応、男女。男同士。女同士の出会いの場はエリア分けされていると聞いた覚えがあるが……。  俺が今歩いているのは何のエリアだ?  まぁ、何でもいいか。  ただ駅に行きたいだけの俺には関係ない。  サクサク進むぞ。  つーか、携帯に誰も出ねーし!  いい加減誰か出ろよ!  キレ気味にアドレス検索をしていると、右斜め前方から人の声が聞こえた。  見れば茂みを掻き分けるようにコート姿の男が飛び出し、その後を追うようにダウンジャケットを着た男が現れた。  コートの男は酔っているのか足元が覚束ず、直ぐに追ってきた男に地面に引き倒される。  伸し掛かる男を退けようと腕を振り回し抵抗するが、力が弱いのか男はビクともしない。  だが、闇雲に振り回した手が偶々目に当たり、男が怯んだ隙にコートの男は匍匐前進(ほふくぜんしん)をするように地を這って逃げようとする。  その姿があまりにも惨めで、悪い虫が疼く。  正義気取りが許されるのは十代までなんだかな。  本当に俺って成長しないな。  コートの男の襟首を掴み、その背中を殴りつけようとする男へ駆け寄り、そのまま脇腹を蹴り上げた。  勿論ちゃんと加減して蹴ったので地面に倒れはしたが、すぐさまダウンジャケットの男は起き上がった。 「何だテメェーは!」 「通りすがりの正義の味方だよ」 「はぁ!?」  男は興奮状態の為か、一見して喧嘩上等だと分かる風貌の俺に噛み付いてくる。  どう見ても喧嘩不慣れそうなのにな。  アドレナリン効果怖ぇ。 「嫌がってんだろ。止めてやれよ」 「テメェーには関係ないだろうが!」 「関係ないけど、胸クソ悪いんだよ」  声のトーンを落とし、目ヂカラ三割増しで睨み、指をゆっくりと折り畳みながらわざとらしく拳を作ってみせる。  すると漸く対峙している人間の危険性を察知したのか、男は視線をうろうろ彷徨わせ一歩後ずさった。  動物の本能に従ってそのまま逃げろ。  面倒臭いから早くどっか行っちまえよ。  そう目で訴えているのに恐怖から足が動かないのか、ただ単にドン臭いのか逃げやがらない。  クソ! 本当に面倒だな。オイ!  震えながらも男は俺と地に這い蹲ずくばったままのコートの男を交互に見た。 「美人局かよ」  違げーよ! 「金なんか払わないからな!」  要らねーし!  とっとと失せろと追い払うように手を振ると、縛りが解けたかのように男は脱兎の如く走り去った。  ぶるぶる震えるコートの男を立ち上がらせようとしゃがみ込み、上半身を抱き起こす。 「おい。大丈夫か?」  俺の問いかけに男は顔を上げ、そして目を見開いた。 「…おお…ぐ…ろ?」  え?  何で俺の名前を知ってんだ? 「うぐっ!」  それを確認する暇もなく、男は俺の胸にゲロをぶちまけた。  おいおい。マジか!?  つーか、何なんだこれ!  正義の代償がゲロだなんて締まらねーな。オイ。

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