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ネコ-2-

「おい。大丈夫か? 病院に行くか?」  男は咳き込みながら必死に首を左右に振る。 「だ、大丈夫だ。病院…に……必要…ない」  男からアルコール臭はしない。だとしたら……。 「おい。フラついている理由に心当たりはあるか」 「あっ…くす…り…コーヒーに……」 「何飲まされたか分かっているのか?」 「ハル…シ…オンて……」  ハルシオンか。  それなら効果は直ぐに抜けるし、変な副作用も無いはずだ。  なら大丈夫か。  じゃあ、適当に休んで帰れよ……と言う訳にも行かない。  乗りかかった船だ。最後まで面倒を見るしかない。  せめて男が自力で帰れるくらいに回復するまでは。  男の状態も去る事ながら、ゲロ塗まみれの状態でいるのは気分が悪い。  気は進まないが、近くのラブホヘ一時避難しよう。  力の抜けた男の腕を持ち上げ肩に回す。 「しんどいだろうが、頑張れよ。立つぞ」  せーの! と声を掛け、何とか立ち上がらせる。  今日はクリスマスだ。  一年で一番セックスする人数が多い日だ。  そんな日にラブホに空き室があるとは思えないが、他に行き場も無い。  微かな希望を胸に、重い足取りで歩き出した。  自称正義の味方に神様は微笑んでくれた。  偶々入ったラブホは駐車場から直接部屋に入れるタイプで、一番奥の部屋一室だけが奇跡的に空いていた。  体力に自信はあるが、重い物は重い。  細身だが、百八十センチ近い身長の俺と変わらないタッパの男を半ば引き摺るようにして何とか室内に運び込む。  男自身の服は特にゲロによる被害がなかったのでそのままベッドに転がし、タオルを濡らして顔と手を拭いてやった。 「水飲むか?」  男は小さな声で「頼む」と呟き、口に水の入ったコップを近づけるとつっかえながらもそれを飲んだ。  水を飲んだ事で落ち着いたのか男はそのまま目を閉じた為、支えていた男の頭をベッドへ戻すと風呂場へ向かい、被害甚大な服を洗うとついでにおれ自身も洗った。  服を適当なところに掛け、備え付けのバスローブを着て戻り、すっかり眠りに落ちている男の顔を改めて見てみるが、記憶にない。  誰だ?  まぁ、そんな事は後で本人に直接訊けばいい。  何なんか、色々あり過ぎて疲れた。  つーか、腹減った。  テーブルに置かれたメニュー票を開き、注文する品と注文の仕方を確認しテレビのリモコンを使い注文をすると、飯が届くまでの暇潰しを兼ねて観放題映画の中に気になるタイトルは無いかと探す。  仕事が忙しく、見逃したハリウッド映画のタイトルを幾つか見つけ、その中で一番気になる物を再生した。  観始めてから十五分程して頼んでいたハンバーグステーキセットとポテトとチキンの盛り合わせが届き、ソファに座ると、飯を食いながら映画を観進める。  話の中盤くらいで飯は食い終わり、その後はだらだらと映画を観続け、二本目を再生して直ぐに男が目を覚ました。 「よお。気分はどうだ?」  男は起きたばかりで現状把握が出来ていないのか、怪訝な表情でただ見詰め返す。  ソファから立ち上がり、水を汲んでおいたコップを片手にベッドへ近付く。 「水飲むか?」  ベッドの縁に腰をかけると男は信じられないものでも見たかのように目を見開いた。 「大黒(おおぐろ)恭路(ゆきじ)……か?」  やはり男は俺を知っているらしい。  こんな、まるまるの定理とかなんちゃらの理論とかクソ難しい事をすらすら説明できそうな知的美人に知り合いなんていたっけ?  うーん。覚えが無い。  俺の海馬は腐っているのか?  幾ら考えても分からないものは分からない。  仕方なく本人に確認すると、忘れてしまった俺に抗議するように男は口を真一文字に結んだ。  怒りからか頬を震わせ、そして薄く笑った。 「君のような男がいちいち財布の事など覚えていなくて当然か」  非難するような言葉に俺は必死に記憶を弄まさぐる。  財布……?  俺、こんなキレイなにーちゃんカモったっけ?  いや、そもそも俺はカツアゲとか盗みとかしなかったし……。  財布って何だ?  表情から自分の正体に行き当たらないのを読み取った男は業を煮やし「志波(しば)隼人(はやと)だ!」とキレ気味に教えてくれた。  教えられた名前を頭の中で反芻していると古い記憶から一人の人間が浮かび上がる。 「志波って、中学で一緒だったガリ勉クソ眼鏡か!?」  スゲー顔で睨まれた。  当たりか。 「マジか! スゲー垢抜けた。つーか、まるで別人だな。大学デビューてやつか?」 「別にデビューなんかしていない!」  そうなのか?  前髪パッツン。後ろ刈り上げ。天使の輪が目に眩しい奇跡のキューティクル。丸みを帯びた顔に笑えるほど良く似合う丸眼鏡。常に神経質そうな表情を浮かべていた通称『坊ちゃん』或いは『ガリ勉クソ眼鏡』の面影は何処へ行ったやら。  細く整った顔にミルキーブラウン色のグラデーションボブ。キレイに調えられた眉に眦が切れ上がった気の強そうな瞳。赤く艶かしい唇。  完全なるビフォーアフターを遂げているじゃねーか。  俺は無遠慮に志波を眺める。 「に、しても本当にキレイになったな」  褒めたのに、物凄い形相で睨まれた。 「変な事を言うな」  男にキレイは褒め言葉にならないか。 「悪い」 「別に謝ってくれなくて結構だ」  プイっとそっぽを向かれた。  あーー。何てーか、変わったのは外見だけなんだな。  トゲトゲした物言い。不機嫌そうな声。友好関係を築く気のない態度。  本当に、スゲー懐かしいな。

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