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ネコの視点-8-※
バーを逃げ出した僕はそのまま駅に向かった。
コインロッカーから預けてい荷物を取り出すと電車を使い、繁華街を後にする。
それにしても何故大黒の友達が僕の顔を知っていたのだろうか?
それよりも、何故大黒は僕を探していたのだろうか?
もしかして指輪だろうか?
きっとそうに違いない。
それ以外に大黒が僕を探す理由がない。
あんな物さっさと教えられた住所に送ってしまえば良かった。
そうすればこのタイミングで大黒の事を思い出さずに済んだのに。
本当にバカだな僕は……。
知らない駅で降りても途方に暮れるだけだと、電車を乗り継いで卒業した高校の最寄り駅に降り立った。
年末休業為、全てのシャッターが下ろされ寂しい商店街を歩いて行く。
卒業間近に鷲山に連れて行かれた店を見て懐かしさが込み上げる。
あの頃も大黒との繋がりが切れた事でかなり辛かったが、鷲山が泣く暇も与えない程に僕を引き摺り回してくれたお陰で大分ましだった。
そうだ。鷲山のくだらない話を聞いたら少しは気が紛れるかもしれない。
妙案だと、公衆電話を求め高校の寮を目指し、歩いて行く。
商店街を抜け、少しして母校に辿り着き、そして寮へ続く坂道が現れる。
アルコールの入った身体は痛いくらい心臓を打ち鳴らし息が切れるが、ただ只管足を動かし続けた。
やっとの思いで坂を上りきり寮に辿り着くと、こっそり敷地内に忍び込み公衆電話にコインを投下した。
何度となく掛けた番号を押すと、何コールめかで懐かしい声が聞こえた。
震える声で名前を名乗ると鷲山は驚き、しきりに「大丈夫か?」「元気か?」と訊ねた。
問いには答えずに。
「君の話が聞きたいんだ」
そう告げると、鷲山は何故か押し黙った。
話す内容を考えているのだろうと、黙ったまま待っていると、電話の向こうから女性の声が聞こえた。
『ご飯冷めちゃうわよ』と。
年末の為帰省しているのか、それとも友達か恋人のところにでもいるのだろう。
邪魔をしては悪いだろうと「ごめん」そう告げて受話器を耳から外す。
鷲山が何か言っている様だったが、僕はそのまま電話を切った。
帰る場所はなく。行く所もない。
身を切る様な冬の寒空の下、儚く瞬く星を見上げ白い息を吐く。
何をしているのだろう。
鷲山は同性愛が理解できないと言っていたのだ。だからこそ僕も電話するのを止めたのに。
もしもくだらない話ではなく、同性愛者を否定する言葉を聞いたら、それこそ傷に塩を刷り込む事になっただろう。
危ないところだった。
バーで飲んだ酒の所為で思考力が鈍っているんだと、自嘲気味に笑い、人影のない道を再び歩き出した。
通りすがりのコンビニで酒を幾つか買うと、行く当てもない僕は町内唯一のラブホテルに向かった。
一人でも泊まれるものなんだろうかと心配したが、特に何を言われる事もなく部屋へ通された。
手荷物を床に置くと続けて肩を圧迫していた鞄を下ろすとテレビを点けた。興味のないテレビ番組を見ながら買ってきた酒を飲む。
酒はいい。
何もないのにふわふわと楽しい気持ちになるから。
おかしくもないのに笑える。
泣きながらでも笑える。
買ってきた酒の殆どを飲み干し、テレビの内容も理解できない程に思考力が鈍り、リモコンで適当にチャンネルを切り替えていると裸の男女の映像に切り替わった。
わざとらしく喘ぐ女性もバカみたいに腰を振っている男も滑稽で笑えた。
ふと、同士に分けてもらった媚薬の存在を思い出す。
アレを使ったら楽しくなれるかもしれない。
訳もなくそんな事を思い、着ていた物を全部脱ぎ捨てると鞄にしまっていた媚薬を取り出し、秘部へと注入する。
これで僕も画面の中の二人のようにおかしくなれる。
「ふふっ」
ベッドに横たわり効果が現れるのを待っていると、暫くして甘く切ない疼きが込み上がり緩慢な動作で起き上がるとベッド脇に置いておいた鞄からバイブとジェルを取り出す。
昨日は怖くて自分では出来なかったが、今日なら出来るだろうとジェルを手に取り、人の指より少し太いバイブに塗りたくる。
四つん這いになりソレをそっと秘部に押し当てると、敏感になったソコにほんの僅か入っただけでも脳を貫くような痺れが走った。
全身の毛穴が開き、緊張と快楽に震える身体へとそっと沈めていく。
「ふっ…ん…っ」
何とか全てを呑み込み、恐る恐る電源のスイッチを入れる。
「ひぃんっ!」
強烈な刺激にベッドの押し付けるように頭を沈ませる。
体内 を抉るように動くソレによってもたらされる快楽に頭が付いて来ない。
何が起こっているのか。
自分がどうなっているのか。
気持ち良いのかすら分からず、ただ勝手に漏れ出る喘ぎ声を遠くに聞いている。
ダラダラと迸りを垂らした張り詰めたソコを手淫していると、絶頂の予感に誰かの名を呼ぼうと口を開くが、焼き切れそうな位強烈な刺激に言葉が出てこない。
更なる刺激を求め、バイブの強度を上げるとあまりの刺激の強さに手淫する事も出来ずに両手でベッドのシーツにしがみ付いた。
「んあぁ…っはぁん…」
容赦なく責め立てる振動に頭が真っ白になり、そのままベッドへ崩れた。
絶頂の余韻から全身を痙攣させ、強過ぎる刺激から逃れる為にバイブのスイッチを切るが、震えは治まらない。
体内に納まったままのソレを取り出し、仰向けになると笑いが込み上げた。
「はっ、ははっ」
一人でイけた。
酒を飲めば誰の事も思い出さず。
媚薬を使えば誰の事も思わずに絶頂を迎えられる。
これでやっと悲しい恋情から解放されるのだと、安堵の笑いが零れ続けた。
翌日。最悪な気分で目覚めると、不快感の残る身体を動かし、シャワーを浴びながらハッキリとしない頭で考える。
酒と薬さえあれば相手が誰であろうと、性行為は出来る。
誰かに抱かれれば大黒を忘れられるかもしれない。
これが唯一の解放の手段だと、備え付けられているパソコンでデリバリーボーイの出張を申し込んだ。
今いるホテルに直接来てもらおうかとも考えたが、母校の近くのラブホテルを男と一緒に出入りするのは流石に気が引け、場所を変える事にし、支度を調えるとラブホテルを後にした。
待ち合わせ指定した駅に着くと邪魔な荷物をコインロッカーに預け、デリバリーボーイが来るのを待った。
約束の時間よりも三十分前だった。
ファッション雑誌から抜け出したかのような完璧なコーディネイトされた服に身を包み、颯爽と歩く男性が近付いて来た。
一体何事だろうかと黙って見ていると男性は僕の前で止まった。
「シバさん?」
名前を確認され、出張依頼をしていたデリバリーボーイの人間だと分かった。
念の為に源氏名を確認する。
「直影 さんですか?」
「ああ。……ナオカゲです。宜しく」
甘く蕩ける様な笑顔にたじろぐと直影さんは腕を引き寄せ腰に手を回すとそのまま近くの喫茶店へとエスコートした。
喫茶店で向かい合いに座り、改めて直影さんを見る。
想像以上に美形な上、スタイルも良い。
野性味が滲み出ている大黒とは似ても似つかないインテリ系美男子に息を呑むが、それだけだった。高揚感もなく、それどころか今からこの男性とするのかと考えると気が重かった。
正直、出張費を渡して逃げてしまいたいくらいだった。
だが、逃げては問題の解決にはならないと陰鬱な気持ちを堪え、店を出ようと促すが、直影さんに軽く朝御飯を食べさせて欲しいと頼まれてしまい、浮かしかかった腰を再び椅子に戻した。
モーニングセットを食べながら今ならまだ引き返せるかもしれないと警鐘を鳴らす自分が居たが、耳を貸さないようにし黙々とトーストをかじり続けた。
コーヒーまで全て平らげると直影さんに促され、喫茶店を出た。
そのまま直影さんにエスコートされるままに歩いて行く。
これでいいのかと怖気付き、歩みを止めては直影さんに背中を押される。
「大丈夫。優しくするから」
囁かれる言葉に陰鬱な気持ちになるが、頷くと再び歩き出す。
公園を抜け、歩道を歩いていると直影さんが不意に立ち止まったので、どうしたのだろうかと足を止める。すると突如路肩に駐車していた黒いバンの扉が開き、目出し帽を被った男に掴まれ、車内に引き摺り込まれた。
何が起こっているのか分からずにいると、目出し帽の男に両手をガムテープで拘束されてしまった。
「ふざけるな!」と喚き散らす僕を横に、悠々とバンに乗り込む直影を睨みつける。
「何が目的だ。金なんか持っていないぞ」
「金? そんなものは要らねーよ。ただ皆で仲良くなろうってだけだ」
「仲良くだと。ふざけるな。これは立派な拉致監禁だ!」
「それはあんたが訴えた場合の話だろ?」
「訴えるに決まっているだろう!」
「そう興奮するなよ。仲良くなればそんな気は失せるって」
「誰が仲良くなんかするものか!」
「硬く考えるなって。出会い系で相手探すくらいだ。誰でもいいんだろ? なら、その誰かが一人じゃなく複数になるだけだ。大した事じゃない」
「冗談じゃない! そんな…」
「大人しくしていれば暴力も薬も使わない。ただ暴れたり騒いだりしたら…分かるだろ?」
何故……こんな目に遭うのだろう?
好きでもない人間に抱かれようとしたからか?
それとも金で人を買おうとしたからか?
大黒の言葉が頭を過ぎる。
『事件になってないだけで強姦も傷害事件もそこらに転がっているもんなんだよ。自分だけは大丈夫とかねーんだよ』
ああ。本当にその通りだ。
「君達は最低だ」
一番最低なのは大黒の言葉を無視した愚かな僕自身だと、呪わしい気持ちで両手の拘束を見詰め続けた。
犯行現場を特定させない為か目隠しをされた。
暫くしてバンが停まり大型のボストンバッグに押し込められ、荷物のように運ばれた。
目出し帽の二人と運転手と直影の四人の相手をさせられるのだろう。
一度に四人の相手を出来るものだろうか?
僕は堪えられるのだろうか?
どんな扱いをされるのか?
何をされるのだろうか?
生きて帰してもらえるのだろうか?
最悪な未来が頭を過ぎり叫びそうになるのを必死に堪える。
どうすれば乗り切れる?
大人しくしていれば暴力も薬も使わないと言っていた。
大人しくしていれば良いのか?
バカな! あんな連中の言葉など信じるに値しない。
大体こんな卑劣な事をする人間に媚び諂 うなんて冗談じゃない!
だが、反抗的な態度を取れば酷い目に合わされるかもしれない。
どうするのが正解なのかも分からずに震えていると、絶望の幕開けだとボストンバッグのファスナーが開く音が耳に響く。
二の腕を掴まれ起こそうとするのを身を捩り抵抗していると、目隠しが取り外された。
ああ、もう駄目だと観念し、ゆっくりと目を開ける。
醜悪な笑みを浮かべた男四人の姿を覚悟していたが、瞳に映ったのは思いもしない人間の顔だった。
何で……君がここに居るんだ。
ああ、またなのかとこめかみが痛む。
どうして君は僕がピンチな時に現れるんだと、詰 りたくなる。
これでまた僕は君に囚われるんだ。
君を好きでいても良い事など一つもないのに。
叶わない思いを抱え、泣き続けるのだと目の前が真っ暗になる。
「ど、どう、いう事だ…ちゃんと説明しろ」
「痛い目見たばかりなのにフラフラしているお前にちょっと灸を据えてやろうと思ってな」
何だそれは……。
「出会い系の奴に監禁されるなんてざらにある話だろうが。今回はただのドッキリで済んだけど、もしも実際にそうなったらどうする気だよ、お前」
「そんなの、仮定の話じゃないか」
「そうなってからじゃ遅いんだよ。今日のドッキリで十分怖い思いしただろ?」
確かに自分の浅慮な行動を後悔した。
だが、何故君がそれを言うんだ?
「志波。俺はお前が心配で…」
僕の事など、どうでもいいくせに……。
「お前がどう思っていようが、俺はお前を友達《だち》だと思っている。友達が友達の心配するのは当たり前だろ」
何が友達だ! 笑わせるな!
直ぐに忘れてしまうくせに!
他に好きな人間が居るくせに!
「僕の事は放っておいてくれ」
そう吐き捨てると、大黒は情けなく微笑んだ。
「分かった。今後一切お前に関わらない」
自分で望んだ事なのに、大黒の口からその言葉を聞くと、シッョクから涙が溢れ出た。
「ただし、今後出会い系とかは止めろよ」
最後の忠告だと言わんばかりにあれこれ指図する大黒に反感を覚え、つい反抗的な物言いをしてしまう。
「そんな忠告を聞いていたら、僕は一生一人なままだ」
「んな事ねーよ。普通に大学で知り合ったりとかあるだろう?」
「かっ、簡単に言わないでくれ! 男女の恋愛でだって出会いの確率は低いのに、男同士なんて無いに等しい。相手を見つけるには手段を選んでいられないんだ!」
「だからって、出会い系なんかほぼヤリ目的だぞ。中には変態プレイを相手の同意なしにやる奴だっているんだ」
「何でもいいよ」
「はぁ?」
君じゃないなら相手なんか誰でも一緒だ。
「君も男だ。分かるだろ。どうしようもない時があるんだ」
君を思って自分を慰めるのは嫌なんだ。
「お前、恋人が欲しいんじゃなくて、ただヤリたいだけかよ」
「そう、だよ。悪い…か」
「突っ込んでくれりゃ何でもいいのか」
「そ、うだよ」
「変態プレイでも、複数人に輪姦まわされてもいい訳だ」
ほんの数分前に想像し絶望と恐怖から震え上がっていた『もしかしたら』の事態。
けれどそれは妄想の君で自分を慰める事より惨めな事なんだろうか?
酒と薬で無理矢理自分をおかしくして道具で果てるより最低な事なんだろうか?
分からない……。
「た、例え、そういう目にあったとしても、君には関係…ない」
大黒が相手でなければ全て同じだと暗澹たる思いで零すと、大黒は怒りを露に僕を睨み付けた。
「ああそうかよ」
硬質な声でそう吐き捨てるとズボンからベルトを引き抜き、ガムテープで括ったままの両手の間にベルトを通すとベッドの柵状のヘッドボード固定し繋ぎ止めると、太腿を軽く叩かれた。
「腰を上げろ」
「何で…」
「言われた通りにしろ」
訳が分からず、動かずにいると尻を勢いよく叩かれた。
「同じ事を二度言わせるな」
何が起こったのか分からず動けずにいると、再び尻を叩きつけられた。
「痛いのが好きなのか?」
動かない限り叩き続けられるのだと判断した僕は、ぎこちない動きでゆっくりと腰を浮かせると、大黒はファスナーを下ろし、下着と一緒に一気にスラックスを引き摺り下ろした。
「何を…するつもりだ」
「何でもいいんだろう?」
感情の篭らない声に酷い事をされるのだと分かり、身体が震える。
出来るなら嫌いになる程、憎む程、滅茶苦茶にして欲しい。
そうすれば、もう二度と泣かずに済むから。
頼むから僕を解放してくれ。
君を思って泣くのは辛いんだ……。
もう二度と夢を見ないように、傷付けてくれ。
そう心で懇願し、僕は大黒に身体を預けた。
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