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Ⅰ きれいな嘘①

(……ただいま) ……… ……… ……… 終電で帰宅して返事が返ってくる訳ないよね。 さっさと2階に上がってしまおう。 (あ、風呂は~) シャワーだけでも……いやいや!起こしたら大変だ。明日の朝にするか。 そーっと、そぉーっと…… 「ご飯は?」 「ヒャっ!」 突然、パーン 真っ暗闇に電気が付くものだから、階段を踏み外しそうになる。 (いな)。 足を置いた場所、空気だ。階段どこ行ったー? 俺、こける★ 「なにやってるッ」 「あのっ、ただいま」 「それを今、言うか」 「……ごめんなさい」 受け止めてくれてた。 俺の体。腕の中に。 お蔭で俺、転ばに済んだけど~ 「いつまでいるんだ?」 「ヒャア」 かかか、顔が! (間近にッ) 「ごめんなさっ」 「さっき聞いた」 慌てて離れようとして、今度は前のめりになって、目の前が真っ暗…… ごつんッ!! ★★★~ 「ッたァァァ~~」 思いっきり、おでこぶつけた。 「……それ、俺の台詞な」 もしかして!! 俺が額ぶつけたの、あなたなのかァァァーッ 「お前はどうして、こんな器用なぶつかりかたができるんだ?」 「あのっ、それは、そのっ」 モゴモゴモゴ~ あなたから逃れようと体を反らせて、焦った挙げ句、気づいたら目の前が真っ暗になってて~ フゴフゴフゴ~ 「もういい。キッチンにお粥が温めてある。少しでも胃に入れておけ。 湯は張ってある。濡れたまま寝て風邪でも引かれたら迷惑だ。この意味、分かるな」 「はい……大事な研究論文の〆切で……」 「分かっているならいい。俺の邪魔するな」 「はい……あの、お粥ありがとう」 「言っただろう。お前が風邪を引いたら迷惑だ。体調管理くらい自分でできるようになれ」 「はい。あの……」 静かな視線が胸を刺した。 「まだ、何か?」 「傘」 漆黒の闇が注がれる度、鼓動がえぐられる。 双眸の深い色が俺を見定めている。 「傘が何か?」 「俺、傘忘れて。電車の中で眠って起きたら、傘握ってて……」 「だから?」 「不思議で」 「ふぅん」 「……ごめんなさい」 謝ったのは、闇の双眸が深い溜め息をついたから。 煌めきすら飲み込む闇は硬質で。 ブラックダイヤの瞳 「忙しいんだ。無駄な時間を遣わせるな」 「はい」 ……また怒られてしまった。 「論文の執筆中だ。部屋に入るなよ」 「分かりました」 俺の兄は准教授。 世間に名の知れた優秀な兄だ。 片や俺はミス連発のリーマンで、いつクビになってもおかしくない。 なんで俺みたいなのが弟なんだろ。 って、再婚したからなんだけどさ。 親同士の再婚で、俺達は兄弟になった。 俺は小さい時から、兄の足を引っ張ってばかりだ。 いっつも兄に怒られて…… 両親は海外で生活していて、帰国するのは年に数回。 俺の面倒をみるのは兄の役目になっていた。 笹木 凌司(ささき りょうし) 俺がいなかったら、兄はとっくに教授になってたのかな? 温かい中華粥の味、ちゅるちゅるすする。 これ食べたらお風呂入らないと。また怒られちゃう。 せめて凌司……さんの邪魔はしないようにしなくちゃ。 ……これ……なに? 小さな箱に入ってる。 俺の持ち物じゃないから、凌司さんの物だ。 届けようにも、部屋には入るなって言われてるし…… 「あっ」 手から滑り落ちた箱は、すとん カーペットに落ちて、キラリと煌めいた。 光のカケラは、金の指輪 (凌司さん、結婚するんだ……) だからさっき、健康管理くらい自分でできるようになれ……って。 俺、ひとりになる。 迷惑ばかりかけて、せめて凌司さんの幸せくらい願わないと。 胸がざわつくのは、なぜ? 鼓動が(きし)んでいる。 どうしよう。こんな気持ちじゃ眠れない。 凌司さんに会いたい。 けれど、こんな時間に訪ねたら…… (また叱られてしまう) 俺の大好きな中華粥なのに。 ずるずる…… 美味しい筈なのに。 「わっ!」 コホコホっ (苦しい) 変なとこ入った。 もう!むせてこぼすところだったじゃないか! こんな時間に誰だ? ポケットの中で震えたメール通知 まさかまた俺、ミスしちゃった? いやいや。こんな時間に誰も社内に残ってない。 なんだろう? 「あ、先生」

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